9月9日は重陽(ちょうよう)の節句。古代中国では奇数が陽、偶数が陰の陰陽思想が広まり、一桁で最大の奇数「九」が重なるこの日は陽の気が強すぎて不吉であり、それを取り払う行事として広まったとされる。日本でも平安時代から菊花酒を飲む風習があり、「菊の節句」として長寿を祝う行事が催される。

この日は語呂合わせで「救急の日」と捉えている方のほうが多いだろうか。
ショッピングモールで救急フェアが開催されたとき担当となり、来場者の血圧測定したことを思い出す。精神科専門医としては、心の救急にも目を向けてほしいナと考えていたら、きょう、「第1回公認心理師試験」(厚労省)が全国一斉に行われることになった。

おそらく多くの方は「心理師」と聞くと、「カウンセラー」という言葉を思い浮かべたり、「話を聴いてこころの悩みを解決してくれる専門家」という印象を持ったりしているのではないか?
実はいままで心理師は国家資格ではなかった。〔これまでは心理士と表記され、医師、看護師、鍼灸師などの「師」業と区別されてきた〕。働く場もメンタルクリニックのみでなく、学校に出向いて、不登校などに悩む生徒学生の相手をするスクールカウンセラーや、会社で社員たちのメンタルヘルスに関わる産業カウンセラーなどさまざまだ。

だいじなのは、かつて“空気と安全はタダ”といわれてきた日本において、職業として話を聴くことにどれだけ価値を認めてきたのかという評価が、これまでの心理士の扱いに表れているということだ。
亡くなった河合隼雄さんなど著名な心理家を除き、心理士が独力で生活の糧を得るのは容易ではない。多くがどこかの組織に所属し、心理以外の仕事もこなしながら、仕事にいそしんでいる。〔ちなみに心理士が病院でどれだけカウンセリングを行っても医療報酬上は1円も得られない。〕

毎日、こころの現場で患者さんと相対していると、「カウンセラーで話を聴いてもらって、治したい」という人が多い。そういう人たちに決まって言うことがある。
「カウンセリングは『鏡』です。あなたのネクタイが曲がっていれば、それに気づく手助けにはなりますが、曲がったネクタイを直すのは、あなた自身です」
公認心理師という国のお墨付きがつくことで、その本質が変わるわけではないが、“こころの救急士”の仕事がより多くの人々に知られるのは、良いことだと思う。