新型コロナウイルス緊急事態宣言解除後、初めての長期連休。中日新聞を読んでいたら、コロナ禍によるノーベル賞晩さん会中止の知らせが目に留まった。しかし、むしろ気になったのは隣のベタ記事だった。アフガニスタンで15歳少女が反政府武装勢力タリバン戦闘員を自動小銃で射殺。「目の前で両親を殺害され復讐した」と。
 憎しみは憎しみを生む。まるでウイルスが連鎖的に広がるように。神奈川県では駅構内からホームレス排除を求める住民の声がコロナ感染増加に合わせて多くなってきたという。ここでも、また、、。

 最近いちばん心の傷んだのは、3歳の娘を自宅に放置して衰弱死させた母親A(24歳)逮捕の事件だった。前々回当欄で触れて以後分かった事実として、A自身が幼少時、母親から虐待を受けていたことが胸に突き刺さった。Aをひもで縛って放置した母親は逮捕され、Aは児童養護施設で育った。

 当院に通う30代の女性。6年前、「イライラがひどくて子どもに当たってしまう」と受診した。初診では家族構成を聴くが、家系図が複雑すぎてカルテの枠をはみ出した。結婚経験は3回、前2回とも子どもがいるが、いずれも養護施設に入っていて縁が切れた。2人目の子どもに手を出し、虐待で逮捕歴もある。
 女性もまた、幼少時両親から虐待されていた。父から受けた行為による心の傷で、今もスカートがはけない。その一方で、稼ぐために中学を出て風俗の仕事をした。何カ所か行ったメンタルクリニックは意味がないとすぐに行かなくなった。氷をかじり出すと止まらなくなった。
 まず、信頼関係を作ることに専念した。PTSDやうつ病、過食症、月経前症候群という診断名よりも、彼女には安心できる居場所が必要だった。ベテランの臨床心理士と二人三脚で支えた。喘息に貧血に甲状腺機能低下症と、内科疾患のフォローも当院で行った。
 3人目の夫との子には発達障害(ADHD)があった。幼少時の虐待で脳に「傷」ができ、発達障害と同じ症状を呈するのは、専門家の間では常識だ。結局、また女性はひとりになった。しかし、今度は子どもを手放さずに、懸命に育てている。
 最近の診察で、娘を衰弱死させた例の事件について尋ねた。
「ショックでした。泣きました。私、先生に知り合ってなかったら同じことしてしまったかも。今は訪問看護や子どもの病院の人たちからも、“よくがんばってるね” といわれて。でも、(これ以上)がんばれと言われると、ワーッとなりそう」

 コロナも虐待も、連鎖反応を止める特効薬があったら、すぐ使いたい。ひょっとしたらそれは、私たちの「頭の中」で、すでに出番を待っているのかもしれない。