三日続きの猛暑日。涼を求めて昼、たまに行くうどん屋の暖簾(のれん)をくぐった。私見では地元いちばんの味噌煮込みを出す「K」。今日のお目当ては冷やしうどんの「ころ」だ。

民芸風の落ち着いた造り。隣席ではビールで顔を赤くしたおじさんが、上機嫌で野菜テンプラをつついている。ほどなく運ばれた「ころうどん」につゆをかける際、向かいの座席越し頭上に畳大の仕切り暖簾が目に入った。
和紙様の生地に太鼓腹の中年男性が描かれている。明らかに手描き。半袖短パンで椅子に腰かけてビールジョッキを掲げている。そのわきにひとこと「真夏生」。
「まなつ、なま。後ろから読んでも、まなつなま。回文だね」と、両脇のお客さんに気づかれない声でつぶやいた。
笑ったのは、その直後だ。中年男の足下にも回文が書いてあった。「ダメだ 総理ウソ ダメだ」。

一瞬、集団的自衛権の説明で、国内と海外で方便を使い分ける安倍首相の顔が浮かんだ。がしかし、この暖簾はその前から描かれたものかもしれない。もはや新聞記者でない身には、店の人に取材しようとは思いつかなかった(こうやってコラムを書いている今は、訊いておけば文章に”厚み”が出たのに、とくだらないことを考える)。
もちろん、改めて考えるまでもなく、”安倍ちゃん”の前の顔ぶれを思い浮かべても、暖簾の回文は十分通用するのだ。


さて、件(くだん)の暖簾男である。上等のつるつるしこしこうどんを喉に流し込みながら、即席回文を考えていたが思いつかなかった。韻(いん)を踏むのならできると、こしらえたのが「戦争、よそう」。そして、しげしげと暖簾の男を眺め直すと、胸の真ん中のキャラクターがなんと、アンパンマン! 
作者のやなせたかしさん(享年94歳)は戦争従軍経験からあのキャラクターを思いついたというエピソードは有名だ。やなせさんはこう言っていた。「ほんとうの正義というものは、決して格好のいいものではないし、そのために必ず自分も深く傷つくものです」。

心と体を病む人々を、「治療」の名のもとに医療者の論理の世界にからめとることはしていないか? やなせさんの言葉を知ったとき、つねに問いかけられる気がしたものだ。「正義の犠牲」を出すことはしたくない。そうおもいながら、明日も外来を続ける。