土曜は午前診療と午後のあいだが短く、いきおい昼は院内ですます習慣。コロナ禍の緊急事態宣言とくればなおさらだ。以前は自分で野菜炒めを弁当に詰めていたが、最近は妻が作ってくれるようになり、卵焼きにウインナが定番になった。
 妻の機嫌がよいとデザートにフルーツ缶詰がつく。先週はサクランボのシロップ漬けがうまかった。サクランボは本来、初夏の食べ物だが、冬の桜桃もよいなと思いつつ、太宰治の小説「桜桃」を思い出していた。

 実質上の絶筆になったこの小品は「子供より親が大事、と思いたい」のフレーズが有名だ。自らをモチーフにして、子ども3人を抱えた小説家の苦悩を、妻と交えた会話で表現する。
 夏の夕食のひとコマ。母は1歳の次女におっぱいを含ませるかたわら、父と長男長女の給仕に忙しく、「お父さんは、お鼻に一ばん汗をおかきになるようね。いつも、せわしくお鼻を拭いていらっしゃる」と言葉を投げる。「それじゃ、お前はどこだ。内股かね?」と苦笑して返す父に、「私はね」と母は少しまじめな顔になり、「この、お乳とお乳のあいだに、……涙の谷、……」。ぐうの音も出なくなった父は原稿料をつかむと酒を飲みに行ってしまう。そこで出された桜桃を食べては、種を吐きを繰り返すシーンで終わる。

 シロップ漬け桜桃の種を吐きつつ、ネットサーフィンをしていたら、「涙」で乳がんがわかる、との記事が目に留まった。
 エクソソームという体の様々な細胞から出る物質がある。大きさわずか100ナノメートル(0.0001ミリ)。がん細胞からも放出されるため、涙液中のエクソソームを測ると、乳がんかどうかわかるという仕組みを利用して、神戸大学の竹内俊文教授らが超高感度の測定法を開発したというニュースだ。
 実用化されれば、マンモグラフィのように乳房を押しつぶして痛い思いをすることもなく、乳がん検査を受けられる朗報だ。
 
 日本人女性の最も多いがんが乳がん。私の知人でも多くの女性がなっている。治療後にうつになって受診する患者さんもいる。
 乳がん増加の原因として、食生活の欧米化や女性の社会進出が挙げられている。高脂肪食によるエストロゲンの変化や出産の減少と閉経の遅れによる月経回数の増加が影響しているという仮説だ。

 東京五輪組織委のトップが「女性蔑視発言」ですったもんだしているコロナ禍の令和3年。世の男性陣は、改めて、冬の桜桃を食べながら、太宰の小説を読んでみる必要がありそうだ。