文化の日。改めて「文化」について考える。
 このテーマにしたのは菅首相が日本学術会議の会員6人を任命拒否したからである。多くの国民にとって、同会議はこれまで馴染みのない学者団体だったろう。なので、この事件は突然降ってわいたようにもみえるが、事実はそうではない。
 同会議の前身となる学術研究会議の歴史は戦前にさかのぼる。第一次世界大戦でのドイツ潜水艦(Uボート)による無制限攻撃に連合国側が反発し、学術的国際組織からのドイツ締め出しを狙って新設された万国学術会議に、日本からは帝国学士院が参加。国内で呼応する組織として1919(大正9)年、学術研究会議が創設された。〔蛇足だが、第一次大戦時日本は連合国側だった〕
 つまり、日本学術会議は歴史的に戦争と関わる設立経緯をもつが、戦後は科学が戦争に関わることのないようにと装い新たに1949(昭和24)年に発足した。「87万人の科学者を内外に代表する機関」(ホームページ)であり、210人の会員と約2000人の連携会員が活動を行っている。
 現在は内閣府の特別機関のひとつで、公務員扱いで予算も国から出るため、政府は同会議のあり方を再考する時期であり、任命権は首相にあると主張する。だが、法律の条文をキチンと読めば、同会議の独立性は強固で、会員は同会議の推薦をもとに任命される、つまり首相に「拒否権」は存在しないのは法手続き的に明白だ。その問題と、同会議のあり方を(あえて)混同させるのは、事情を知らない国民を欺いたと取られてもやむを得ない。
 一連の議論で一番いやなのは、(どこかのテレビの解説委員も“曲解”していたが)、今回の首相の態度は、法的手続きの問題が「金と政治的思想」問題にすり替わっていることだ。任命されなかった6人の学者の素行調査までしたとの報道もある。しかも、この政府のやり方が一定程度、支持されているという。
 会員の名簿を閲覧したが、私の知る学者もいて、尊敬できる人ばかりだ。当院に通う70代男性も以前、同会議の連携会員を務めた。「大多数の会員はまじめにやっているのに、こんな風に受け止められて、気の毒。岐路は会議が3年前に大学での軍事技術につながる研究開発に反対声明出してからだね」と嘆く。
 たしかに、インターネット始め様々な技術を軍事と民事に明確に分けることは困難だ。ならば、それをキチンと議論すればいいものを、“臭いものに蓋”をし、日本的同調を強いるから、今回のようなことが起きると私は考える。
 文化は国の基本だろう。またひとりひとりのものでもある。英訳culture はラテン語の「耕す」からきている。日本人ひとりひとりの心を耕すことができなければ、この国は危ういと感じるこのごろだ。