コロナ禍の暑い8月が終わろうとしている。その週末、安倍首相が辞任を表明した。7年8か月という憲政史上最長となった在任期間の吟味はここではしないが、辞めるワケが「持病の潰瘍性大腸炎の再発」なので取り上げる次第。
 13年前の第一次政権退陣時も同じ理由だった。新聞の1面に潰瘍性大腸炎(Ulucerative Colitis : UC)の解説文が載る。
「大腸の粘膜に慢性的な炎症が起き、下痢や血便、腹痛、発熱などの症状が出る、、」。以下、原因不明の指定難病で、遺伝と食事などが複合的に関わり、免疫機能のバランスを崩す病気とある。
 説明は正しい。消化器の代表的炎症疾患としてクローン病と並び、医者ならだれも知る病気。ただ、心身医療の現場で働く立場から付け加えたいのは、UCは代表的な心身症ということだ。
 
 心身症とは「身体症状・疾患のなかで発症や経過に心理社会的因子が密接に関与する器質・機能的障害を認めるもの。ただし、神経症やうつ病による身体症状を除く」と定義される。
 要するに、複雑化した現代社会において、ケガなどを除いたほぼすべての疾患が当てはまる。なので、たとえば片頭痛(心身症)と表記する。〔昨年度中日新聞で連載したコラム『元記者の心身カルテ』でも言及した〕

 当院にもUCを患う40代男性が通う。安倍首相と同じ10代で発症。1浪して東京大学に入学後、留年して引きこもった。卒業し就職しても楽しみを持てず抑うつ的になり、UCも悪化して入院。退職してアイドルの追っかけと読書の日々が続くと不安が強くなり、受診となった。ゆっくり接する中で、年子の弟が東大で同級生となったこと、途中から教室に居づらくなったことなどを聴き、あわてずに待つこと6年。今は、知的障害の人も通う作業所で自分を取り戻しつつある。
 
 ハンガリー出身の医師アレキサンダー(1891-1964)は、心身医学に精神分析を導入した大家で、代表的な聖なる(holy)心身症として以下の7つを挙げている。
 *十二指腸潰瘍・潰瘍性大腸炎(UC)・本態性高血圧・気管支喘息・関節リウマチ・神経性皮膚炎(=アトピー性皮膚炎)・甲状腺機能亢進症
 いずれも「ありふれた」疾患。その中で、難病指定されているUCも患者数が増え、14万人を超える。

 発生学的に言うと、受精卵が成長する際、まず腸管が先にできたのち、それを取り囲むように神経管が伸びる。大脳ができるのは最後だ(なので、大脳の別名を”終脳”という)。
 安倍首相は辞任会見で「断腸の思い」と表現した。今回はいつものような官僚の下書きのない場。文字通り、みずからの心身から搾り出た言葉に思えた。