8月に入っての梅雨明け宣言は久しぶりだが、ことしはコロナ禍で余計に夏の太陽が待ち遠しかった。
 「三密」を避けるため、診察室の窓は開放したまま。網戸の修理中だった先月は、隣接する真清田神社の森から飛んでくる蚊に悩まされた。それが夏本番のいま、蝉しぐれに閉口、いや“閉耳”している。
 ソーシャル・ディスタンスを保ってマスク、アクリル板越しに届く患者の声と混じり、聞き取りに困る時が増えた。〔当方の加齢による難聴のせいも多分にあるが〕
 セミの鳴き声に近いのが耳鳴りだろう。心療内科の看板を出していると、めまいや耳鳴りを何とかしてと言われることがある。
 心に問題が生じ、体に症状の出る状態を「心身症」と呼ぶ。なので、耳鼻科や内科で検査して、突発性難聴など治療法のある病気ではないといわれ、受診に至れば耳鳴(心身症)と診断することになる。

 60代の主婦。3年前、老親の介護に疲れ、眠れなくなって初診となった。反応性うつ病として治療を開始。頑固な耳鳴りがあった。「キーン」という音から始まり、いまは「蝉しぐれよりひどい」。睡眠導入剤はなるべく使いたくないが、この場合はやむを得ない。漢方薬とともに副作用の少ないタイプを使い、診察室で傾聴に徹する。
 1年半で母親が他界し、その後抑うつはすっかりとれた。ただし、耳鳴りは残る。寝るあいだ中、ラジオをわざと波長の合わない周波数でつけっぱなしにすると、比較的よいという。マスキング法といって、雑音で意識が耳鳴りに向かい過ぎず、なんとか睡眠を確保している。木の葉を森に隠すようなものだ。
「夏は、むしろ楽なんです。蝉しぐれがあるから。でも一生、付き合っていくのかと思うと」

 コロナウイルスだって地球から完全になくなることはない。どう共生していくかは、案外と雑音の中で耐える耳鳴りのようなものかもしれない。
 *私の耳は 貝の殻 海の響きを なつかしむ 〔ジャン・コクトーの一行詩『耳』;堀口大學訳〕