*月日は百代の過客にして 行きかふ年もまた旅人なり
「はくたいのかかく」という読み方が45年前の中学生には新鮮で、いまでもスラスラと口を突いて出る。とくに新型コロナウイルスによるパンデミック時代を迎え、あらためて300年前の芭蕉に思いを馳せる――

 このウイルスの特徴は、感染しても大半の人間には無症状か軽微なのに一部は重症、致死化する点に尽きる。潜伏期も長く、それが苦悩の元凶なのは周知のとおり。感染防止と経済活動の両立という狭き道を進まざるを得ない。Go Toトラベルキャンペーンが感染再拡大期にぶち当たるタイミングの悪さに、国は東京発着の旅行除外という苦肉の策で乗り切ろうとしている。
 少し考えれば明らかなように、キャンペーンは経済対策であり、「旅」そのものを禁止しているわけではない。お金で人々の行動を管理して、沈んだ経済の活性化をという算段だ。もちろんウイルスにとって人間心理など関心の外。かつて、生き物の体は遺伝子を運ぶ「乗り物」という理論が提唱されたが、それにならってジョークを飛ばせば、ヒトはコロナが運転するカローラ、ということになる。

 中学時代に打ち込んだのがボーイスカウト活動だった。野山を舞台とし、文明の利器をできるだけ使わずに、サバイバル技術を身に着けるのがひとつの目標だった。その結果、自然に対する敬意からわれわれは生かされているという感謝の念を持ち、人にやさしくなれるとの思いを胸に。
 活動の中心はハイキングだった。時には、夜を徹して80km歩いたこともある。後年、大学の法学部で憲法を学んだ時、自由に歩き回ることの素晴らしさを認識した。
*日本国憲法第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。(以下略)

 「公共の福祉」がコロナ感染リスクに置き換えられる時代に私たちはいる。そう、移動の自由は憲法に保障されていることを、改めて噛みしめるべきだ。
 海外のようなロックダウンは無いと考える日本国民がこの先、緊急事態宣言(これも法的拘束力はない)が再度出され、あの不自由の再燃はいやだと、自主的にGo Toキャンペーンを回避することはありうるだろう。どこにいてもいいよという、自由の基盤を失くさないために。
*旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる
 芭蕉は辞世の句でどんな世界を夢想したのだろうか。