今年の流行語大賞候補になりそうな「三密」。密集・密接・密閉を“集近閉”(=習近平のもじり)とする向きもあるようだが、それが仇(あだ)となる事件が起きた。
 千葉県から岩手県の実家に帰省中の妊婦が、コロナ感染リスクを理由に二つの病院で診療拒否された。病院の言い分は「院内感染対策が不十分」。だが、出産はひとりトイレなどで産み落とす時を除き、「三密」で行われるもの。多くの産科医は複雑な気持ちになったはずだ。感染リスクのある出産現場は日常茶飯事。ウイルス性肝炎などの妊婦が分娩する際、産科医はPPE(感染防護具)を身に着け、慣れているはずのお産のプロ。それでも、断ったのはなぜか?
 理由は2つ挙げられる。2類感染症のコロナは、もし感染するとしばらく、医師のみでなくコメディカルも働けず、場合によっては病院を閉めなくてはならないから。もうひとつは(これは憶測だが)、我が国で唯一感染確認者の出ていない岩手で初の感染病院となりたくなかったのではないか。
 いずれにせよ。病院側に「悪意や落ち度」は、ない。ところが、コロナと関係ない状況下の産科で悲しいことが起きている。

 私は名古屋にある産婦人科病院の心療内科で働いていたこともあり、女性の心身症を専門としている。まだコロナ禍が広がる前、うつ状態の妊婦患者の出産で、コトは起きた。精神疾患を抱える妊婦は受け入れてもらえる病院が少ない。岐阜県居住の彼女は結局岐阜大学附属病院で産むことに。当然、入院中は精神科医がフォローしてくれると思い込んでいたら、一度も診察を受けられず、ベッドに顔すら見せなかったという。
 無事に出産し、退院後コロナが流行。すると先月、同病院精神科のスタッフがナイトクラブでコロナに罹患し、大学病院の外来がしばらくストップした。同じ心の専門家として、心がいたむ。
 また、別のうつ状態の妊婦患者は、地元の市民病院で受診を断られ、私の信頼する産科医のいる私立総合病院で無事にお産を終えた。どちらも三次救急病院で、今、コロナ感染者の治療に懸命になってくれる。同じ規模の病院で明暗が分かれたが、市民病院は精神科医がひとりで、対応できないのが理由と聞いた。一方、総合病院には常駐の精神科医はいないが、受け入れてくれた。「何かあれば、いつでも僕のところに連絡ください」と産科医に伝え、信頼関係ができたのがよかったのかと思う。感謝。今後このコロナ禍の中でも対応して下さることを願っている。