新型コロナウイルスに罹り、入院待ちだった埼玉の50代男性が自宅で亡くなった。直面する医療崩壊を象徴するニュースと思ったら、「岡江久美子コロナ肺炎で死去」の報が入った。正直、動揺した。63歳は早すぎる。乳がんを手術、放射線治療を始めて約2か月という。
 当初、私はコロナをインフルエンザと大差ないと考えていた。致死率10%以上のSARSやMERSと同じグループとはいえ、限定流行に終わった両者と違い、大規模感染するタイプなら毒性は薄まるのが通常と考えていた。宿主であるヒトが死ねば、自分たちも存在基盤を失うことになる。そういう“ヘマ”はやらないというのが理由だ。
 この仮説は、実は今も消えてはいない。慶応大やアメリカなどでのPCRと抗体検査結果から、知らぬ間にコロナに感染している人々は発表よりずっと多い可能性が高い。最終的な致死率はインフルエンザに近いかもしれない。ただ、今回のウイルスの特徴はすでに知られるごとく、その「二極性」にある。
 8割の人は軽症、残り2割が肺炎を起こし、5%が重篤化する。西浦教授の試算は基本的にそれに基づく。自然に治る人と助からない人の両極端。さらにコロナは高齢者や持病持ちを好む。ここでも運命を分かつラインが引かれる。
 フランスの経済学者トマ・ピケティの著書『21世紀の資本』は経済に疎い我々にも衝撃を与えた。過去200年以上のデータを分析し、資本収益率(r=資産によって得られる富)が経済成長率(g)を上回り、金持ちはより裕福に、貧乏人はより貧しく二極化すると結論付けた。日本の高度経済成長、一億総中流化はむしろ例外的な“あだ花”だったのだ。
 一部に反論が出るほど自粛を強化しなければならない理由は、感染者の増加で増える重症者に使える人工呼吸器やECMO(人工心肺)が限られるからだ。わが国の人口当たりのICUは、病床数の多さに反比例して少なく、アメリカの2割ちょっとしかない。命の選別が行われる現実が、迫っている。あなたは、どっちだ。