東日本にひどい爪痕を残した台風19号。罹災した方々に御見舞い申し上げるのに合わせ、ブログ更新。

二週間前、高校の同級生Aさんからある映画のパンフレットが届いた。「『人生をしまう時間(とき)』下村幸子監督」。埼玉県新座市で在宅医療に従事する外科医らの診療風景をドキュメントで追った作品。台風一過のきょう、映画を名古屋で観た。Aさんは、こちらの志向(思考・嗜好)を熟知していて、パンフレットを贈ってくれたのだと思う。
映画で中心となる医師は森鷗外の孫、小堀鷗一郎さん(80歳)と、かつて国際医療機関医師として開発途上国で働いた堀越洋一さん(56歳)。小堀さんは東大病院で年間千例も手術した熟達の外科医で、定年後の67歳で在宅医療の道に入った。
「職人的に走り過ぎた。今は一人ひとりの患者さんに接して、毎日がフレッシュ」と小堀さんが語るように、高齢社会をひた走る日本の現実が、座席数65の小劇場の縦2m横3mの小スクリーンにあぶり出されていた。
ある85歳の女性患者は自宅2階から降りられず、3歳下の夫が1年以上、食事を運び、トイレの世話までこなしていた。堀越医師や訪問看護師らスタッフが関わることで、一度も入っていなかった風呂に浸かり、さっぱりしたといいながら、「もう風呂はいい」と拒絶。介護環境の整うことが、本人にとってはお膳立ての不自由さにつながったと堀越医師は感じた。しかし、夫の負担を思うと、気軽に元に戻すこともできない。そこには、作り物にはない介護現場の苦悩が表現されていた。

僕はかつて、小堀さんの母小堀杏奴さんと、太宰治の取材を通して親交をむすんだ。いろいろお話を聴いたが、息子の鷗一郎さんのことは、鷗外と同じ東大卒の医者程度にしか伝えてもらっていなかった。映画で「高所恐怖症」と肺がん末期の84歳男性に伝えた鷗一郎さん。もし、どこかでお会いする機会があれば、心の医者として詳しく伺いたい。
映画のある場面で、床に臥す患者さんの床の間に掛け軸が映っていた。そこにあった文字は「存命の理」――