ボヘミアン;① ジプシー(ロマ)の別称。②世間一般の規範や型の外で自由に生きる人。〔精選版日本国語大辞典〕

一般の映画と異なり、封切り後週を追うごとに観客数が増え、SNS上でも話題を集めている「ボヘミアン・ラプソディ」。クイーンファンにとっては、最高の音楽映画でもあるし〔1985年のライブ・エイド場面は完璧な再現と絶賛〕、主人公フレディ・マーキュリーの生き方へのオマージュとして描いた伝記的作品でもある。
ただ、それだけでこの作品の価値はとらえきれない。【上】で書いたように、フレディ一家は人種的にも宗教的にも、移住した国イギリスではマイノリティーだ。映画の冒頭、階級社会で働き始めたフレディは、周囲から「パキ」(パキスタン人への蔑称)と馬鹿にされる〔実際はペルシャ系インド人〕。
ここで僕は子供のころ、色黒な顔つきのために、同じようにからかわれたのを思い出す。半世紀前、テレビのカレーCMで「インド人もびっくり!」という、今なら放送倫理規定に抵触しかねない表現があったこともよく覚えている。
それに加えて、フレディは性的アイデンティティーでも少数者としてのゲイだった。映画では交際相手のメアリーに秘密を打ち明け、婚約解消したあとも異性の友人であり続けた。エイズによる肺炎で亡くなるまでパートナーだったジム・ハットンとメアリーが並んで、ライブエイドでの最高のパフォーマンスを舞台袖から見守るシーンが胸を打つ。

ここで問おう。なぜあの曲の題名が「ボヘミアン・ラプソディ」だったのか?
6分超の作品は、銃で人殺しをした男が母親に打ち明けるくだりが核になっている。
♪ Mama, just killed a man ♪ のフレーズを聴いて思い起こすのが『異邦人』だ。「きょう、ママンが死んだ」〔新潮文庫、窪田啓作訳〕で始まる不条理小説。養老院で死んだ母の葬式後、殺意のないのに「太陽のせいで」アラブ人を銃で殺したのが主人公ムルソーだった。
作者のアルベール・カミュ(1913-1960)はフレディとおなじアフリカの、フランス領アルジェリア出身。父はカミュが1歳の時戦死している。スペイン系出身の母の実家で育ち、貧しい中、奨学金を受けながらアルジェ大学に進学。キリスト教と哲学者プラトンに関する学位論文を仕上げ、人民戦線の記者となり、処女作『異邦人』を書き進めた。その後サルトルら実存主義者との交流を経て、43歳でノーベル文学賞を受賞するも、その4年後に自動車事故死した〔KGB暗殺説もある〕。

僕が音楽インタビュアーだったなら、生前のフレディにこう質問しただろう?「異邦人を読んだことがありますか?」。歌曲ボヘミアン・ラプソディは、途方もない宗教的至高感を僕たちに与える。それほど、この曲に託したフレディの苦悩は大きかったということなのかもしれない。
しかし、そこには苦しみだけでなく、受苦のあとに訪れる恍惚が約束されていた。それは、クイーンというフレディにとっての「家族」が世界中の称賛を浴びるという果実を得ることで達成された。
英国の象徴である「女王」からグループ名を借り、本名のバルサラからマーキュリーに変えたフレディ。自由人(=ボヘミアン)であり、ウィットにも富むフレディは、この名字をメンバーの天文学者ブライアン・メイに紐づけて考えたのだろうが、なぜ、マルス(火星)やジュピター(木星)でなく、水星にしたのか?
これも僕の推理だが、マーキュリーはローマ神話の「メルクリウス」に由来する。ギリシャ神話ではヘルメス。商人や旅人の守護神。心理学者のユングによると、メルクリウスは原初の両性具有存在とされる。水星の象徴金属の水銀は液体でありながら同時に金属であり、毒でもあるが妙薬にもなる「諸対立を一つに結び付ける対立物の合一の象徴」。
惜しむらくは、フレディが30年遅れて生まれてくれば、エイズウイルスに命を奪われることなく、生命の高貴を歌い上げるさらに多くの作品を残してくれただろう。しかし、これも詮無いことかもしれない。
45年の人生を燃焼しつくしたエトランジェ、フレディ・マーキュリー。ゾロアスター教の慣習に従う風葬ではなく、自らの遺言で火葬に付された。後に残ったのはただ風ばかり、、、。