秋分の日連休、金沢へ所用で出かけ、鈴木大拙館を訪れた。加賀百万石の観光地といえば、まず兼六園だろうが、同園に行った経験があるのは別にしても、大拙館は一度は行かなくては、という思いが強かったからだ。
その理由、それは心身医療に対する僕の思想が関係している。
以前から、病んだ人たちの治療指針として“祝う”の法則を示してきた。い・わ・う、即ち、祈り・笑い・歌うことが治りにつながるのだと。
なので、祈りにつながる宗教は避けて通れないテーマであり続ける。個人的に禅宗徒ではないが、それはささいなこと。鈴木大拙(だいせつ)という仏教者には宗派のレベルを超えた普遍的な空気が漂っていると感じてきた。

彼岸花の燃えるような赤が、抜けるような秋空の青と対照を見せるなか、兼六園からの徒歩圏内に大拙館はあった。鈴木貞太郎(本名)は1870(明治3)年、同館に近い金沢市内で医者の四男に生まれた。第四高等中学予科に入学、哲学者西田幾多郎と出会い、生涯の友となる。
*戦後ベストセラーとなった西田の「善の研究」を、僕は学生時代に買ったものの、積ん読の時期が続いていた。西田の「絶対矛盾的自己同一」という言葉に妖しくも引き寄せられる青年時代があった。この西田哲学が禅と深く通じるのは知られた話だが、これは「色即是空」と同じだと、あるひとがブログで書いておられた。*

グレー系でまとめた平屋建ての、静謐(せいひつ)な印象を与える大拙館。回廊の庭には巨大なクスノキが枝を広げ、その奥の展示室では、海外で高く評価された禅の研究者としての姿がスクリーンに映っていた。隣の学習室では大拙の著書が並び、壁には社会学者E.フロムとのツーショット写真と、大拙自身の揮毫した掛け軸が存在を訴えていた。
「△/☐不異〇」。禅宗の公案のように思え、不覚にもすぐ意味がとれず、隅で控えていた女性職員に意味を問うた。
△/☐は重ねて書いてありますが、形のあるもの、仏教の「色(しき)」を表します。〇は形のない「空(くう)」。目の前にある現実は頭の中で考えることと異なるものではない、という意味ですかね、、、
はにかみながら、小声で断定せずに教えてくれた。ーーそうだよね。うん。深く、うなずいた。
なんだか、一夜漬けで悟ったような気分になった後の順路にあったのが、思索空間と名付けられた10畳ほどのコンクリート部屋。天井は高く、丸窓から光が差し込み、部屋は人工池の水面で囲まれていた。波高に秋の陽光が反射するなか、何人もの入館者がさきほどの公案と格闘しているかのように佇(たたず)んでいたーー

鈴木大拙の居士号「大拙」は中国の老子「大巧は拙なるに似たり」から採られたものという。しょせん人智なぞたかが知れている。やはり、いちばんは自然なのだ。これこそ心身医療の要諦、といって過言でない。そうか、むすび院長の“祝う”の法則は間違っていなかったんだ。