いまやIT全盛の世のなかにあって、手紙の役割は日々低下しつつある。自然な健康が失われる事態に合わせて健康産業が流行るように、メールやLINEなどネット通信が増加する一方で、手紙を書く人の数は確実に減っている。そんな時代状況のなか今日したためるのは、三百五十余通の手紙を両親に出し続けてきたひとりの女性についてーー

西山美香さん(37歳)。滋賀県で3人兄妹の末子に生まれ、看護助手をしていた。23歳の5月、その“事件”は起きた。
前年の秋、72歳の男性が病院に搬送された。人工呼吸器が装着され、植物状態の男性はおよそ半年後の未明、突然病室で息を引き取る。当直看護師が当初「呼吸器の管が外れていた」と発言したのがきっかけとなり、警察は業務上過失致死容疑で捜査開始した。
ところが本来なら管がはずれると鳴るはずのアラーム音を聞いた者が誰もおらず、捜査は難航。やっと一年経って、同じく当直していた美香さんだけが「鳴った」と“証言”した。のちにわかるが、管は外れていなかった。しかし、いったん鳴ったと認めた美香さんに警察の捜査対象が移る。取り調べのA刑事が手練手管を使い、人と関係を持つのが苦手で、優秀な兄への劣等感と深い孤独感を持つ美香さんを取り込んだ。そして、とうとう自白につながる。「私が管を抜いた」、、、
ここで、当欄で初めて事件を知った方は疑問を持つはずだ。「でもどうして、彼女は“うそ”をついたの?」
答えは、中日新聞で連載された「ニュースを問う」を読めば(今まで計11回)、わかる。
一言でいえば、もともと軽度知的障害・発達障害(ADHDとASD傾向)を持つ美香さんが、警察のでっち上げストーリーに協力させられた、ということなのだが、その代償はあまりにも大きかった。
その後悔が、そしてのちには真実を曲げられたくないという強い思いが、美香さんに350を超える手紙を書かせる原動力となった。
あの気持ちのほとばしる手紙の字体と文面を目の当たりにした者から言わせてもらえば、ひとこと、圧倒させられる。誤字や言い回しの巧拙を乗り越える美香さんの“魂の発露”を感じた。
何十回も『殺ろしていません』という繰り返されるフレーズ。余分に見える送り仮名の「ろ」は無知からくるのではない。塀の内側にいるときには決して届かない“心の叫び”があらわされている。その証拠に、客観的に説明する内容の個所ではちゃんと「殺していません」とも書いた。

8月の文(23)の日、西山美香受刑者は懲役12年の服役を終え、翌朝、和歌山刑務所を出所した。晴れて、敬称がつく立場になれた〔この戻らない青春の日々を国家はどう償うことができるのか!〕。客観的に見て、自白のみで有罪を下した憲法違反の判決は、早ければ今年中にも出される再審決定でくつがえるはずだ。いまは大好きなお母さんに甘えて、好物の唐揚げをいっぱい作ってもらうといいよ。