「ときに治し、しばしば癒し、つねに寄り添う」――3月まで働いていた病院のスタッフ紹介欄で自分のPRに書いたメッセージがこれである。前々回のコラムで書いたように完治の難しい病気を患うひととどう向き合っていくかは、精神科・心療内科に限らず、医療者の”根っこ”が問われる。
患者さんの受診が途切れるのにはいくつかのパタンがある。1回で来なくなる方とは「縁がなかった」としか言いようがない。悩むのは、数か月以上通ってもらったのに、転居など明らかな理由なく去って行かれる場合である。これも、ある程度やむを得ないことかもしれないが、考え込むこともある。
一番は、もともと病状が重くなく、なんとなく軽快してご本人が受診の必要を感じなくなる場合。これは、割合多いような気もするし、それなら良いことだろうと思う。また、調子が悪くなるとひょっこり受診されることがある。次に、病状が改善していないのに、医師の前でいい出しにくい性格から、しばらく受診した後のある日ぷっつり来なくなる患者さんがある(あった)と思う。そんな方にはこの場を借りて伝えたい。「遠慮なく、教えてくださるとうれしいです」。
最後に、これはしんどいのだが歓びも一番大きいパタン。たいていは境界性パーソナリティが絡んでいるケースで、「先生の治療はもう受けられません!」と大見得を切り、こちらも「わかりました!」というやり取りで終わる。それがかなり月日が経ってから、ひょこっと「先生、どうしてますか?」と連絡をくれる。

坂井奈矢美さん(仮名)は美術系の大学の時、対人関係に悩み大学のカウンセラーから紹介され僕のところにやってきた。摂食障害があり、こだわりも強く、診察室の掲示物が2㎜傾いているだけで気になって診察を中断する女性だった。何回も大量服薬(OD)をした。特徴は、僕の処方薬はODしないが、市販のルルを100錠単位でのむこと。繰り返し繰り返し、、。そのことは精神分析上重要なテーマだが、ここでは割愛する。診察につれてその数は減り、最後はゼロになった。しかし、卒業後絵筆一本での仕事をしたいのに、なかなかかなわず、摂食障害も残り、入院。その際、治療方針の行き違い(こちらにも説明不足があった)から、最後は両親とともに啖呵を切って僕のもとを去って行った。かなりの虚脱感が僕を襲った。しかし、一縷(いちる)の望みはもっていた。それは「祈り」といってもよい。治療者だって祈ることはある(少なくとも僕は)。
――僕のもとを離れ、1年以上経って手紙が来た。「先生、結婚しました。何とかやってます、、」。それを、偶然ととる方もおられるとは思うが、僕にとっては、偶然はただ待っていてもやってこないということだ。
人事を尽くして天命を待つ。企業内の人事異動しか「人事」から思いつかなくなった時代には死語に近いことわざだろうが、むかしのひとはえらいことをちゃんというものだと思う。さて、天命(50歳)を越えた小生にとって、これからどんな天からの偶然が降ってくるかは、やはり神のみぞ知る、だろうか。