わがまち一宮でイチバンのうどん屋Kの暖簾をくぐると目に入るのが、大きなタペストリーに描かれたイラストと、回文だ。
アンパンマンの顔入りTシャツを着たビール腹おじさんが椅子に座り、ジョッキで乾杯する姿。その上に「真夏生(マナツナマ)」。さらにその下には「ダメだ総理ウソだめだ」「私が怪我したわ」。
それに倣(なら)えば、“薬はリスク”が今日のテーマ。

いわゆる精神安定剤の「エチゾラム」と「ゾピクロン」が今月、第3種向精神薬に指定された。
このニュースは何を意味するのか?
「デパス」の商品名で知られるエチゾラムは薬理学的分類上、ベンゾジアゼピン(BZ)系に属する。当欄でもたびたび指摘した通り、BZは長期連用すると耐性が生じる。つまり薬物依存に陥りやすい。
えーっ、そんなこわい薬、いやだ~という声が聞こえてきそうだが、ここは冷静に腰を据えて読み進めてほしい。

紀元前3000年頃、シュメール人が書いた粘土板文書に人類最古の処方薬が刻まれている。中国で同じ頃成立したという神農本草経(しんのうほんぞうきょう)には365種の薬が記され、それらが上中下三種類に分類されている。
上薬は「命を養うを主として天に応ずる、毒なし」、中薬は「性を養うを主とし、もって人に応ずる、無毒と有毒とあり」、下薬は「病を治するを主とし、もって地に応ず、毒多く久しく服用すべからず」とある。
陰陽五行論など、古代中国思想は自然と一体化した観念に貫かれている。薬を天・地・人に対応させるのも同系統だ。その背景には、砂漠や荒土に囲まれ、肥沃な扇状地に発祥した西洋古代文明と違い、温帯モンスーン気候の緑に恵まれた風土の影響がある。自然と渾然一体となる感覚、アニミズム、八百万(やおよろず)の神。
それに対し、ギリシャやエジプト、メソポタミアでは厳しい自然と対峙するために個の独立、内なる神、一神教が発展していった。
漢方薬が山川草木にその源を求め、自然との調和を目指したのに対し、西洋では天然物のくすりの有効成分を分析し、自然(=病気)征服に向かったのもうなずける。細菌との闘いで生まれた抗生物質がその典型だ。

精神に作用する薬にも歴史がある。
近代精神薬理学の幕開けとされるのが1949年。乗用車のバッテリーにも使われるリチウム金属(Li)に躁病への効果が発見された〔実は、なぜリチウムが抗躁作用を持つのか今でも解明されていない〕。
1952年にはクロルプロマジンが統合失調症に有効と評価され、その5年後にイミプラミンの抗鬱作用を確認、精神疾患の薬物療法への道が開けた。
1960年代までに抗不安作用を持つベンゾジアゼピン(BZ)系のジアゼパムが商品化され、鎮静催眠作用や即効性から瞬く間に世界中で用いられた。
BZ系薬は(医師側から見た)使用の簡便さの反面、弊害も判明した。アルコールやバルビツール酸と同様、連用による依存形成や急に止めた時の離脱症状が明確化した。〔およそ1か月以上の連続使用で生じるとされる〕。なので、国際的にも向精神薬として分類、管理が法整備されたわけだ。

ここからやっと、冒頭の話題にもどる。エチゾラムはBZ系なのに、経緯からこれまで向精神薬として分類されてこなかった。他のBZ系より確かにシャープに効く印象はある。〔逆に高力価ゆえ中止時の離脱症状は強い〕。問題は効能に「肩こり」が入っていることだ。
向精神薬と実質同じなのに、湿布薬と同様気安く処方されてきたため、エチゾラムは国内で最も売れたBZ系となり、副作用に苦労する人が後を絶たない。
当院にも「デパス依存症」の病名をつけられ、主治医と喧嘩して転院してきた女性がいる。20年も依存性の高い薬を処方し続けて、止めなさいという医者も医者だと思うが、、、。
神農本草経の分類に従えば、エチゾラムは間違いなく下薬(下品=げほん)に当たる。寿司なら松竹梅の梅握りだ。“梅”が悪いのではない。問題はその使い方だ。不安や緊張の強い時の頓用として有用な薬であることに異論はない。そのリスクを承知の上で医師は処方すべきだし、患者は服用すべきだと明記しておきたい。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。されど、“クスリはリスク”ーー