ところで7月16日は何の日?
名古屋・大須生まれの宮地佑紀生なら「決まっとるがや!ういろ・ないろ(7・16)の日だて!」とのたまうだろう。だが、素直に数字を眺めれば、7(なな)・1(い)・6(ろ)と読む人が多いのではないか。つまり、七色=「虹の日」。というわけで、きょうは虹を通してみたお話。

赤橙黄緑青藍紫(せきとうおうりょくせいらんし)。
日本人は虹を7色と思っている。だが世界は広い。今のアメリカでは6色、ドイツは5色、ジンバブエでは3色、リベリアでは2色で虹を表現する。同じ日本でもかつての沖縄では明暗2色で表したという。
理科の授業で習ったように、白色光はプリズムでいろいろな光に分けられる。分解光は連続した波であり、その周波数で違った色に見えるが、そこに境目はない。雨上がり、空気中の水滴に太陽光が屈折、反射して我々の目に届くとき、「虹」になる。客観的な境界があるわけではないのだ。〔これをスペクトルと呼ぶ〕。まさに人は「見たいように見る」。

精神医学分野で最近のトピックのひとつに「発達障がい」がある。
アスペルガー症候群や高機能自閉症といった言葉を耳にした方も多いだろう。いまは、こうした分類はしない。まとめて、「自閉スペクトラム症(ASD:Autism  Spectrum  Disorder)」と呼ぶ。名称改定されたとき、僕の頭に真っ先に浮かんだのが、虹だった。
こだわりが強い、人との交流に乏しい、社会性に欠けるといった「症状」に分けて、先人の名前を冠した病名をつけていたのだが、それは本来境界のない虹を何色と捉えるかに等しい作業ではないのか?というのが、僕の(おそらくASDに改定した精神科のエライ先生たちの)考えだったわけだ。
言い換えるとこうだ。“人類皆ビョーキ”という言い方がむかしあったが、おおざっぱに言えば、あれと同じ。誰だって、多かれ少なかれ自閉性を有している。あとは程度問題(=スペクトラム)というわけだ。
もちろん、改定はいいことずくめではない。過大診断される危険を訴える専門医もいるし、診断されたことで、(残念だが)かえって差別の助長されるリスクもある。
しかし、それを上回る利点があると僕は考える。「自分とあの人たちとは別」と考える分断思考がなくなることの重要性は、強調してもし過ぎることはないと。むしろ、現代世界を動かすのは、こうしたASD傾向の強い人たちではないかとも思う。ビル・ゲイツしかり、スティーブ・ジョブズしかり、、、。

乳がんの啓発運動に使われる“ピンクリボン”は定着しつつある様子だが、“虹のリボン(レインボーリボン)”運動はご存知だろうか? LGBT(異性愛以外の性的少数者)の人たちの象徴でもある虹のリボンを、発達障がいの人達の啓発にも役立てるための運動だ。
先日、性別適合手術で性転換した29歳の女性(MtoF)が、刑務所服役中にホルモン治療を許可されなかったとして提訴した。医学的にはナンセンスなことを国家が続けている。また、愛知ヤクルト工場でMtoFの40代社員が女性用更衣室を使用許可する交換条件にMtoFの事実や女性名を勝手に公表され、うつ病になったと工場を訴えた。
LGBTにしろ発達障がいにしろ、目に見えない違いに鈍感な人たちが(悪意がないとしても)、彼/彼女たちをスポイルしているのが今の日本だ。

竜巻に巻き込まれて、不思議の国・オズ王国に飛ばされた少女ドロシーは、魔女を退治して、無事カンザスの家に戻れた。この原作を下敷きとしたミュージカル『オズの魔法使い』でジュディ・ガーランドが歌った『虹の彼方に』は20世紀の名曲1位に選ばれた。
はたして、虹の彼方は21世紀にもあるのだろうか?