「人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻のごとくなり」ーー今をさかのぼること456年、天下取りに向かう織田信長は、桶狭間の戦いを前に敦盛を舞った。
かたや現代。50年前の昭和41年6月30日夜、日本列島はブリティッシュロックの渦に飲み込まれた。いまやEU離脱で激震に揺れるイギリスからやって来たビートルズ(The Beatles)。日本武道館初の音楽コンサートを行った四人組が3日5回の公演で動員させた機動隊・警察官は延べ3万5千人にのぼり、地方から上京して、都内をたむろしていた少年少女約6千人が補導された。
台風通過後に特別機で来日した四人は、滞在わずか100時間で次の公演先に向かった。この歴史的4日間のショックについて、僕らより上の世代に説明は不要だろう。

僕自身、往時の記憶はない。白黒テレビが自宅にあったが、 観ていたのはもっぱらアニメ(テレビ漫画)だった。鉄腕アトムに鉄人28号、エイトマン。
なので、当時5歳の僕にとっての衝撃がビートルズ公演 半月後に始まったSF特撮番組『ウルトラマン』(TBS系列)だったのは、“当たり前田のクラッカー”だった。広辞苑第6版を引いても、ちゃんと載っている。なるほど、ビートルズ同様、ウルトラマンは立派な社会現象だったのだ。
この年流行った言葉が3C(カー、クーラー、カラーテレビの新三種の神器)。製薬会社名の連呼CMで始まる番組はカラー撮影で、まだ少数派だったカラーテレビ普及に一役買ったのだろう。

いまさらだが、解説を少し。
M78星雲・光の国の宇宙警備隊員ウルトラマン(以下マン)は、脱走した宇宙怪獣ベムラーを追って地球にやって来る。いっぽう、宇宙人らによる被害防止のため作られた科学特捜隊員のハヤタは、偵察機操縦中にマンとの衝突事故で命を落とす。
責任を感じたマンは自分の命を分け与え、ハヤタと一体となり、地球平和のために生きる決心をした。以後、科特隊が窮地に陥ると、ハヤタは制服のポケットからベーターカプセルを取り出し、マンに変身するのだ。シュワッチ!
何といっても見どころは、得意技スペシウム光線で怪獣たちをなぎ倒す場面だが、ここで書き落とせないお約束がある。敵の反撃で苦戦するマンの胸に光るカラータイマーが、バトル3分間に近づくと点滅することだ。
ピコん、ピコん、ピコん、ピコん、、、、
本稿執筆にあたり調べてみると、あのアイデアは予算のかかる戦闘場面を短くするためと、身もフタもない理由。ただ、ヒーローにも弱点のあったほうが子どもたちにウケるという発想もあったそうだ。〔うっほーい、そうこなくっちゃ。〕
単なる変身モノの特撮版ではなく、振り返ると素晴らしく社会性を帯びた内容満載であることが分かる。第23話では、宇宙飛行士が不時着惑星に取り残され、水分が取れずに怪獣ジャミラとなり、地球を襲うストーリーで、被害者が加害者になる不条理を描く。
ほかにも、村人から差別される雪ん子を助けるために現れながら、異形であるがゆえに観光に打撃を与え撃退対象となった雪女怪獣ウーの悲話。前後編に分けて放映され、大阪万博を見据えた怪獣殿下のゴモラ(名前由来は聖書から)など、記憶に残る名作が揃う。特撮に大変な手間が掛かるなどの理由で3クール終了となったが、いまだにウルトラマンシリーズとして平成まで続いている、、
〔いかん、いかん。このテの話題になると、筆が止まらなくなりそうダ〕。

信長のうたった「人間」はニンゲンではなく、ジンカン(世間、世の中)と読むのが正しい。下天という悠久の時間に比べ、我々の生きる時など流れに浮かぶうたかた(泡沫)に過ぎない。

ビートルズ来日から9年後、音楽の授業で歌と器楽を発表する課題が出た。僕が選んだのは、ビートルズの『Help』(英語で歌った)と、リコーダーで吹いた『帰ってきたウルトラマン』だった。
あれから40年以上が経つ。でも、あの音楽の授業風景はいまでもありありと思い出せる。〔黒縁眼鏡の市川先生、どうしておられるだろう〕。たとい先週の出来事は忘れてしまっても。

そうそう、ウルトラマンでハヤタ隊員が操縦していた隊機の名前は「ビートル」。カブト虫の音楽は78光年先まで残るだろうか。