6月11日はこよみの雑節にいう入梅(にゅうばい)。ことしは平年より早い梅雨入りだったが、この日に合わせて定められたのが「傘の日」。すぐに口をついて出るのは童謡『あめふり』か。北原白秋の詞 ♪ あめあめふれふれ かあさんが じゃのめでおむかえ うれしいな ♪ の「蛇の目」が子供のころはピンと来なかったのを覚えている。きょうのお題は“傘”。

傘に関する歌で、僕と同世代の人たちが思い出すのは、むしろ井上陽水の『傘がない』ではないか。多感な思春期に聴いたせいか、出だしのフレーズは唐突かつ斬新な響きだった。
♪ 都会では 自殺する 若者が 増えている  今朝来た 新聞の 片隅に 書いていた ♪ 
ゆっくりと文節ごとに抑揚をつける歌い回しが耳に残る。そして、起承転結の承を省いて、いきなり転じるのだ。
♪ だけども 問題は 今日の雨 傘がない ♪ 
問題を「もんだーいぃわぁ」と節をつけて、これもいきなり問題が転換する。
♪ 行かなくちゃ きみに逢いに行かなくちゃ きみの町に行かなくちゃ 雨にぬれ ♪
いわば問題が、若者の自殺という“公”から恋人との逢引という“私”まで一気に極小化される。いまならGoogleマップをクリックしたときに味わう感覚、とでも形容すればよいだろうか。

ときは44年後の平成28年。アメリカ大統領選はとんでもないことになりそうである。民主党が初の女性大統領を目指すヒラリー・クリントンなら、共和党は過激発言で物議をかもす実業家、ドナルド・トランプとくる。どちらも世論調査で好意より嫌悪感がまさるが、特にトランプ氏が当選するとどうなるのだろう。
もちろん、あのほら吹きは選挙作戦という面もあるにせよ、彼の思想には正直、まったくなじめない。日米関係にも一大変化の起きることは必定、日本は核武装せよという事態になるやもしれぬ。〔ちなみに、トランプとは英語で切り札という意味。日本語のトランプは、英語ではカード〕。
“核の傘理論”の当否はさておき、そういう考え方のある事実は認めねばならない。戦後日本の経済的繁栄はたしかに、自由陣営の盟友として、アメリカの核を含めた軍事戦略の上(下?)に成り立ってきた。
ここで思い起こす歌が森進一の『おふくろさん』だ。
♪ ~おまえも いつかは 世の中の 傘になれよと 教えてくれた あなたの あなたの 真実~ ♪
アメリカ合衆国という“傘”は、今後どう変わっていくのか?〔バーニー・サンダースが健闘したのだから、アメリカ人も捨てたもんじゃないと思いたい〕

陽水になぞらえれば、だけども問題は、きょうの一宮むすび心療内科の診療をしなくちゃ、ということだ。
雨が降れば、頭痛はするわ、いらいらするわ、という患者さんは多い。願わくば、彼ら/彼女らには、梅雨の長雨が続こうともにっこり笑えるまで回復してほしい。そのために院長おすすめの“ことばのクスリ”がある。
ノンフィクションライター沢木耕太郎著『彼らの流儀』(新潮文庫)。その中の一編『あめ、あめ、ふれ、ふれ』が処方箋だ。
『あめ』は、一人でデパートに店を出す傘屋の話だ。わずか5頁のあらすじをひとことでいうと、偶然という神を味方につける素直さ、粘り強さ、そして感謝の心を持つさわやかな男との会話。それを象徴する最後の場面を紹介する。

* 「僕は傘屋で幸せです。雨が降れば嬉しいし、晴れ上がれば気持がいいし、どんな天気でも楽しく過ごせますから」
私は笑って相槌を打つ。
「幸せだね」  *