米国オハイオ州の動物園で先月末、3歳男児がゴリラ舎に転落し、17歳のニシローランドゴリラがこども救出のために射殺された。この対応に両親の管理責任を求める署名が30万人に達し、動物愛護団体は動物園に罰金を要求するなど波紋が広がっている。
僕は思うのだ。撃たれたのがシロサイだったら、どうなっただろう。あるいはコモドオオトカゲだったら、、、。ここはやはり、霊長類であるゴリラだったことが問題を大きくしたのだと思わざるを得ない。
そう考えていたおり、参加した日本精神神経学会学術総会で、京都大学霊長類研究所・松沢哲郎教授の特別講演があった。きょうはその話を紹介する。ゼッタイ面白いので、最後まで読んでクダサイ。

西田哲学を求めて京大文学部に入った松沢先生はその後、霊長類学に取り憑かれた。そして両者から生まれたのが、先生の考え出した学問、比較認知科学だ。その原点は「人間とは何か?」の追求にあった。
「日本を知ろうと思ったら外国に行けばよい。ならば、人間を知るには他の霊長類と比べてみればよいのです」。
1986年から毎年、先生は西アフリカのギニア・ボッソウで野生のチンパンジーを観察し続けてきた。熱帯ジャングルで、石を使って種を割るチンパンジーを見ると、左利き。彼らにも利き手は生まれつき決まっていることを確認した。
野外研究の一方、愛知県犬山市の京大霊長研でもチンパンジーの群れを飼育し、彼らの知性を研究してきた。言葉を理解する”天才”アイ(37歳)のプロジェクトはつとに有名だ。
講演で先生は、人間の特徴として3つのキーワードを挙げた。
① 直立二足歩行の起源
普通はこう考える。(なんらかの事情で)直立した人類は余った前足を手として使い、道具を駆使し、脳を刺激してさらに進化したと。〔僕もそう思っていた〕。だが、違うのだ。
哺乳類の4分の1を占めるコウモリは前脚を翼に進化させた。海に進出したイルカの前脚はヒレと化した。そして、森の樹上に生活の場を求めたサルの祖先は、、、そう、木の枝をつかむには足ではだめなのだ。私たちのご先祖さまは四本足を”四本手”に進化させた。その証拠にサルの足を見てみよう。親指と他の四指が手のように対向して物をつかめる構造になっている。
つまり、四本の手で樹上生活に適応したサルのうち、地上に降りたヒトの先祖が必要に迫られて二足歩行になったのだ。いわれてみればナルホドだけど、これはコロンブスの卵級の卓見ではないか!〔ちなみに直立は霊長類共通の特長〕。
② あおむけ姿勢
直立姿勢と違って、これは人間だけに固有の姿勢だ。ためしにチンパンジーをあおむけにすると、右手と左足(または左手と右足)が同時に拳上する。これは樹上で母親にしがみつくための本能的反射だ〔しがみつけなければ墜落してしまう〕。地上に降りてしまえば、その心配はない。
結果、ヒトの母と子は見つめ合うことができ、他の霊長類より離れた親子の距離を埋めるために「声」を使うようになった。赤ちゃんの泣き笑いは自分に関心を向ける戦略のひとつだ。空いた両手で物を扱うこともできるようになった。〔なんだか、アリス・堀内孝雄のヒット曲『君の瞳は10000ボルト』を思い出した。♪~地上に降りた 最後の 天使~♪〕
③ 想像するちから
そして、これこそがヒトと他の霊長類を隔てる最大の特長と先生は言う。
チンパンジーは落書きが好きだ。サルの顔の絵を見せると、持っていたマジックで目と口のあたりをぐるぐる書きなぐる。ところが顔の輪郭しかない絵を見せるとどうなるか?――顔の輪郭をなぞるだけだ。
これに対し、ヒトの3歳半児に同じ輪郭だけの絵を見せてみよう。必ず、目と口を書き足すのだ。
つまり、チンパンジーは「いま・ここ」にあるものだけを見る。ヒトはその時間と空間を超える事ができる。それが想像力。
「人間は想像するちからがあるからこそ、絶望もするが希望を持つこともできる」
「チンパンジーは、苗を植えない」

さて、ニシローランドゴリラの「ハランべ」君の最期について。
おそらく、彼は男児をいたぶるつもりはこれっぽっちも持たなかったに違いない。檻の中で過ごす日々が満足であればよかった。そこに降ってわいたヒトのこども。ただ、そこにいるストレンジャーに興味が向いただけだ。ハランべ君に想像力があれば、男児から距離を置いただろう。戯れを脅かし、乱暴ととられ、ニンゲンから撃たれるかもしれぬ、、、。彼は、何も知らずに死んでいったのだ。

京大霊長研では13頭のチンパンジーを飼っている。いや、違う。松沢先生は論理的に教えてくれる。生物の分類上、ヒト科に属するのは人間だけでなく、4種います。ヒト、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン。彼らの遺伝子の約98%はヒトと同じなのですと。
だから、彼らと一緒に暮らす先生たちはこう数える。「13人の仲間と一緒に暮らしています」。
ハランべ君に合掌。