諸用で京都に出かけた。御苑・近衛邸跡に咲く枝垂れ桜の見事な枝ぶりにしばし魅せられた。その後、ある思いを持って座禅を体験した。きょうはその報告コラム。

京都駅からJR奈良線でひと駅にある東福寺。鎌倉時代、栄西が伝えた臨済宗の大本山。 その塔頭寺院のひとつ、勝林寺で毎日開かれているのが坐禅体験だ。企業トップたちの禅への想いをビジネス雑誌が特集していたが、僕自身座禅には小学校時代から思い入れがある。

『巨人の星』(梶原一騎原作、川崎のぼる画)。おそらく僕と同世代なら説明不要だが、そうでない人達のために 解説を。
ーープロ野球巨人 の名三塁手となるはずだった星一徹は太平洋戦争に召集され、肩を壊して帰国し巨人を追われた。自分の夢を息子の飛雄馬に託すべく、幼少時からスパルタ教育を施す。頑固親父に反発しつつも、飛雄馬はサウスポー投手として栄光の巨人軍に入団。しかし、小柄な体格から来る球質の軽さをライバルに見抜かれ、左門豊作にホームランを打たれて二軍落ちした。失踪した飛雄馬の向かったのが鎌倉の禅寺だった。川上監督がスランプ時に試みた座禅を真似て活路を求めたのだった、、、。

時は下り平成の世、場所は鎌倉ではないが、『巨人の星』に多大なる影響を受けた僕は、京都の禅寺で坐禅体験をしたくなった。日々の診療に益するなんらかのヒントがあればという下心もあった。
四百六十年の歴史を持つ勝林寺の畳敷に50人の老若男女が集った。小学生もいる。市川海老蔵似の住持 が長さ1mを超える手のひら幅の木板(警策)を両手に持ち、結跏趺坐(けっかふざ)と呼ばれる足組みをして座る参禅者の前を何度も往復する。
これまで、心が乱れてふらついた時に警策を打たれると思っていたが、実際は自分が打って欲しい時に 住持にお辞儀をすると、両肩を叩いてくれる。
体験なので15分足を組んだ後5分休憩し、再度15分坐禅するというプログラム。僕は住持が一回通り過ぎて二回目の時にお辞儀をした。「ピシッ」 。痛いと言うより、ジンとくる刺激だった。昼食後の眠気と、結跏趺坐の姿勢からくる股関節痛がいっぺんに吹き飛んだ。

『巨人の星』 に戻ろうーー鎌倉の禅寺で脚を組む飛雄馬に容赦なく坊主の警策が襲いかかる。そこへ通りかかる住持が語りかけた。
「打たれると痛い。これは理の当然じゃな。しかし打たれまいとすれば五体に硬さが出てよけいガタガタする」「コチコチじゃ。その若さでどうしてそうしゃちこ張りなさる。ほっほほほ」 
これを聞いた飛雄馬は腹を立てる。
「クソッ、参禅してまで球場と同じ笑い物か。勝手にしろっ。こんな負け犬の逃亡者などいくらでも打ち据えろっ」 
その後、警策の音は鳴りをひそめた。住持が言う。
「打たれまい打たれまいと凝り固まった姿勢ほどもろいものはない。打たれて結構、いやもう一歩進んで打ってもらおう。この心境を得た時むずかしく禅などといわんでも悩み苦しむ人生の森の迷路におのずと道も開けると思うのじゃがいかがかのう」 

これを僕が読んだのは小学3年生の頃だった。文字通り背中に電気が走った。
もちろん、哲学的なことを考えていたわけではない。だが、それは自分の人生の生き方の指針となるべき一大事と言えた。 
この禅寺での啓示を元に、飛雄馬は大リーグボール1号を発明する。
勝林寺での坐禅体験で一宮むすび心療内科院長がどう変わるのか? 答は患者さんに訊くしかあるまい。