久しぶりのお湿りでした。開院後初めてのまとまった雨は、朝の診察前には上がり、午後診の前には晴れ上がっていました。お日様が燦燦(さんさん=sunsun)と降り注ぐのは気分がよく、雨なんか降らなければ、とも思いがちですが、考えてみれば、生きとし生けるもの、光と水の両方があるからこそ輝きと潤いを保てるのです。お肌の曲がり角に悩むわれらむすびスタッフにとっても(苦笑)。
前置きが長くなりました。HPでお読みの方はご存じでしょうが、僕は以前、新聞記者をしていました。いま、たまに患者さんに訊かれます。「先生、どうして全然違う職業に代わったの?」――おそらく、ふつうの人は、新聞記者は文系で医師は理系だから違う、記者さんはいろんな事件・事故と関わる仕事なのに、お医者さんは病気・病人が相手でしょ、と考えていそうです。でも 僕にとってはどちらも「ひと」を扱う職業という点でほぼ一致しているんです。地球温暖化で北極の氷が解ける取材だって、それによる人間への影響がどうかという点においては「人事」なのです。
医者と記者。医の旧字体は醫。これは、昔、治療には矢じりや酒に浸した薬草を使った名残りです。僕の精神科研修時代の恩師は開業した医院の字体に使い「○○醫院」としています。もっと古くは医療すなわち呪(まじな)いでした。いっぽう記は記録としてしるし、残すこと。記者の栄誉ある別称・ジャーナリストのジャーナルは日誌のことです。
地域心身医療にとって、日々の患者さんとの”格闘”を記録し続けることと、薬や言葉を駆使して治療することのあいだに、本質的な差はありません。――そう、せいぜい、「K」の頭文字がある(記者)か、ない(医者)かの違いくらいです。KOIDEかOIDEか。まあ、難しく考えずに、困ったら、小出のクリニックにおいで(苦笑)。おあとがよろしいようで。