きょうは「成人の日」。前日に学区主催の成人式があり、昨年同様町会役員として手伝いをした。(アーカイブ2015.1.11.をぜひご覧ください)。小学校単位なので出席者は約100人。式典は新成人による司会、振り袖女性のピアノ伴奏での君が代斉唱など、整然と進行したが、日本列島全体を見渡してみるとそうばかりではないようだ。

産経新聞ネット版によると、茨城県水戸市の成人式で10日、焼酎を飲んで参加した男性らが議事進行を妨害。1900人いた会場のスピーカーを壊して暴れ回り、県警察の出動する騒ぎとなった。沖縄ではやはり新成人がバイク、車で暴走行為をし、8人が逮捕された。こうした光景は毎年繰り返され、平成の風物詩となった感がある。
なぜこうしたことが後を絶たないのか?成人とは何なのか?当欄読者にも考えてほしいのだが、少し思うところを綴ってみよう。

新人類と呼ばれた僕らの子ども時代、キーワードは”努力と根性”だった。中学3年の時、校庭に作られた銅像の名称は「根性の像」。実際はモヤイ像顔の男が直立してうつむき、もの思いにふける印象しか持てない彫刻だった。スポ根ブームの洗礼を受け、うさぎ跳びで腰を痛めた世代。体罰という発想すら乏しかった。
その反動か、4、5歳下の年代は校内暴力が国じゅうを席捲した。この世情を反映したのが、TVドラマ『3年B組金八先生』(原作・小山内美江子)だった。第2シリーズ(1980~1981)では、直江喜一と沖田浩之演じる中学生2人の乱闘事件の記憶が生々しい。直江演じる加藤優が校内で警察に手錠を掛けられる場面。セリフなし、中島みゆきの挿入歌『世情』の流れる中、加藤の連行される様子がスローモーションで映し出される。
その後、「腐ったミカンは排除するしかない」と言う教頭に、金八先生役の武田鉄矢が力の限り叫ぶ。
「我々はミカンや機械を作ってるんじゃないんです。人間を作ってるんです!人間の触れ合いの中で我々は生きてるんです!!」。――思い出すたび目頭が熱くなる。
このころ、俳優・穂積隆信の娘が非行に走り、家族崩壊していくさまを描いた『積み木くずし』がティーンエイジャーのすさんだ心を代弁し、ベストセラーになった。結局、覚せい剤に手を出した娘は亡くなった。若者が荒れた80年代――

この時代を象徴するロック歌手が、尾崎豊(1965-1992)だ。
防衛庁職員の父と保険外交員の母のあいだに次男として生まれた尾崎は、転校を機にいじめに遭い不登校となった。ギターを弾き始めていじめは収まったものの、生徒会副会長を務めた中学時代、みずから喫煙で停学。青山学院高に進んでもオートバイ事故や大学生との乱闘騒ぎで停学を繰り返し、自主退学した。
そのことを詞にしたことがきっかけで1983年シンガーソングライターとしてデビューした。
♪夜の校舎窓ガラス壊してまわった♪(『卒業』)はその代表曲。校内暴力が蔓延した時代の追い風を受け、若者のカリスマ的存在となる。結婚し子供もできたが、覚せい剤乱用とされる肺水腫で夭逝した。享年26歳。
精神医学的にはボーダーライン心性の強いことが見て取れる。尾崎に会った人はほぼ例外なく真摯でまじめな好青年と評価するが、コンサート中に高さ7mの舞台から飛び降りて骨折するなどハチャメチャなパフォーマンスとの落差が単なる演技だったとは思えない。死の直前、尾崎は世間の評価とのギャップに悩む心うちを吐露している。あえて言えば、80年代日本が尾崎豊を作り出したのだろう。
尾崎を慕う若者の心の奥をたどる取材をしたのが共同通信の先輩記者西山明さんだった。(彼が追いかけた”アダルト・チルドレン”については別の機会に書く)。尾崎の死と前後して日本経済はバブル崩壊を迎える。

時が過ぎ、三島由紀夫が予見した平成ニッポン社会が現れても、成人式の乱痴気騒ぎは続く。尾崎豊の時代と異なるのは、若者たちも二極化してきたような気がする点だ。
社会的、経済的条件に恵まれた若者はいまの社会体制を維持する肯定派に向かい、劣悪環境に苦労する若者は絶望、というより諦観したかのように首をうなだれて生きる。その中で”ヤンキー”と呼ばれるノリの連中が昔同様のパフォーマンスを演じる構図。

分析の結果は後年、歴史が証明することになろう。いずれにしろ今年の参院選から選挙権は18歳以上となり、成年の意味も時代とともに変わっていくだろう。
そうそう、昨年のコラムで取り上げた継野以矢男さん(33)はその後も当院でカウンセリングに通い続けている。上林記念病院のリワークプログラム「ほっぷ」に参加したのもよかった様子で、最近は父の自営する仕事の終礼に顔出しできるようになった。「妥協してもいい」と思えるようになったのは、治療の成果だ。次の診察で訊いてみよう。「おとなになるってどういうことだと思う?」