「六日の菖蒲(あやめ)、十日の菊」。[菖蒲は五月五日・端午の節句、菊は九月九日・重陽の節句に用いることから、「六日の~」は、時機遅れで役に立たないものを指す。]

クリスマス・イブから2日過ぎた土曜夜、一宮むすび心療内科スタッフ忘年会を催した。昨年に引き続いて会場は『三栗(みくり)』。当コラム愛読者には周知のレストランだ(アーカイブ2014.12.28.『ハンバーグ弁当、ふたたび』を参照)。今年のコース料理主役はローストビーフ。だが、真の”メインディッシュ”は会の内容だった。

事のきっかけは師走に入って間もない昼下がり。午前の外来を終えランチをと思い、一宮駅に向かう路上で珍しい人に出会った。――
酒野進さん(74歳)。市内に住む元繊維業者で、アルコール漬けを治したいと当院受診。しばらく通った後、この夏ぷっつりと顔を見せなくなった。クリニックにギター片手で現れ、スタッフ相手に一曲つま弾いてくれるサービス精神旺盛なお爺さんだっただけに、皆で心配していた。精神病理は無きに等しいので、内科的治療が中心だったが、、、。
歩道脇でしゃがんだまま、ギターの弦を直している。訊くと、7月に胆管炎を起こして入院していたという。飲み過ぎが原因なのは明らかだった。「発泡酒のあと、焼酎2合、ぶどう酒2合、しめに日本酒2合の生活を7,8年は続けてたからね」。疝痛発作を起こして運び込まれ、一カ月の病院生活を余儀なくされた。だが怪我(けが)の功名、いらい、アルコールはぷっつりと止めた、という。
酒野さんが酒を止められたわけがもう一つある。ギターが縁で、歌の好きな女の子と知り合い、元教師の男性とトリオを組んで、老人ホームなどを慰問していたのだ。他人のために尽くすことがある者は強い。――

というわけで、久しぶりの再会を喜んだ僕は、話を聴いて閃(ひらめ)いた。
「酒野さんのバンド、うちのクリスマス会でいっちょう弾いてくれませんか?」
「おうともよ!」。二つ返事で答えてくれた。トリオの名は『ななちゃんバンド』。女の子の名前から採った。

モダンでシックなたたずまいの『三栗』店内で、アコースティックギターの元気高齢者コンビをバックに、弱冠はたちの奈々ちゃんがマイクを握った。
オープニングは讃美歌「アメイジング・グレース」。途中、四季の歌や原節子を偲んで酒野さんが選んだ「青い山脈」を皆で歌った。(原節子の存在すら知らぬ若手がいるのを知り、世代間ギャップを感じもした)。最後は「きよしこの夜」の合唱。サンタに似せた赤いドレスで熱唱した奈々ちゃんの姿がまぶたに残った。

イブには2日間に合わなかったが、むすびスタッフには時機に適う、素敵なクリスマスプレゼントとなった。酒野さん、ありがとう。英気を養って、日々の診療に還元します。