ハロウィーン熱狂の夜が明けて、霜の降りる月となった。ラグビー、野球に続く当欄スポーツの秋シリーズの締めくくりとして、本日の主題は「秋と囲碁」。なぜ碁がスポーツか?それは、最後まで読めばわかります。

「秋深き 隣は何を する人ぞ」   (元禄七年、松尾芭蕉・笈日記)

今から321年前の新暦11月15日、病床に伏した51歳の芭蕉が弟子に書き送った最晩期の作。
秋と聞いて思い浮かべる俳句は、この句と正岡子規の「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」。
当方も”人生の秋”真っ盛り、という感じで生きている(つもりな)ので、ますます名句が身に沁みるのだが、夜が長くなるこの時期は、心療内科の患者さんにとってはつらい季節でもある。
SAD(Seasonal Affective Disorder)。季節性感情障害。ひらたく言えば、冬季うつ病。
「悲しい」の英訳(sad)にひっかけたこの命名、よくできていると思う。12月冬至に向け、北半球では日照時間が短くなる。毎年この時期に気分が落ち込み、抑うつ状態に陥る人たちを指した疾患名だ。
女性に多い。月経前に調子を崩す人に多い。つまり、生物学的な要因でうつになりやすいタイプがあるわけだ。
治療法は、基本の休養と抗うつ薬に加え、「光」がカギとなる。日照時間の短縮で、メラトニンというホルモンが減少するのと関係があるので、それを補う。要は、早起きして日光を浴びましょうということ。春になると、自然に回復することが多く、それまでの時を待つ姿勢も重要だ。
もう一つ大事なのが、運動。前回コラムでお伝えしたように、一定以上の強度の運動で脳内ホルモン(BDNFなど)が分泌され、回復を助ける。その時に役立つ方策のひとつが囲碁や将棋などの知的ゲームだ。

源氏物語や枕草子にも記述のある囲碁は中国から伝わり、わが国の伝統的娯楽として時代を超え継承発展。戦後の高度経済成長時代にはサラリーマンにも広まった。囲碁の打ち方戦略を企業経営の参考にするトップも多かった。
ほかのボードゲームに比べ、ルールは単純なのに成行きが複雑で、二度と同じ局面が現れない。単なる陣取りゲームではなく、19X19路の盤上は宇宙にも比せられる。ある計算では、盤面状態の種類はチェスで10の50乗、将棋の71乗に対し、囲碁のそれは400乗と桁違い。なので、最強コンピューターがチェス、将棋のトッププロに勝って力を示したのと異なり、囲碁用コンピューターソフトの実力はアマチュア低段レベル。4段の僕と対戦しても勝てないだろう。そこに碁の奥深さがある。
最近「脳トレ」がはやりだが、その意味では、囲碁は最高の脳のトレーニングなのだ。実際、囲碁を知的スポーツとして捉える動きが主流になりつつある。いまや世界中の国々の人が楽しむ時代となった。いっぽう日本での囲碁人口は30年前の一千万人規模と比べ、激減している(レジャー白書では2014年が280万人)。

先日、出身高校の同窓会(鯱光会)囲碁部門の寄合があり、参加した。皆、僕より年配の大先輩たち。50代おじさんの小生に「若いから頑張ってね」と励まされ、恐縮した。会場の日本棋院中部総本部で、高校大学の後輩にあたり、プロになった青葉かおり4段に指導碁を打って頂いた。幸運にも5子で中押し勝ちを収め、ご褒美に青葉プロ直筆の扇子を贈られた。「美手」と揮毫されており、たおやかな筆跡に感激した。
囲碁のことを別称で「手談」という。手で打って会話するという意味だ。また、「烏鷺(うろ)」とも言い習わされる。黒石をからす(烏)、白石をさぎ(鷺)に見立てた言葉。幼稚園の時に父から教わり半世紀。人生の秋にまだ”うろうろ”しているが、今晩は『烏鷺朋(うろとも)』という名古屋・栄の碁会所で秋の夜長を過ごそうか。