プロ野球中日ドラゴンズの山本昌広投手(50歳)が今季限りでの引退を表明した。数々の球界最年長記録を更新してきた二百勝投手が下した決断。われら”中年の星”が出したコメントのキーワードは”感謝と幸せ”だった。
「最後のシーズンで勝てなかったのは残念だったが、今はさっぱりしている。野球選手として本当に幸せな人生を送れた。監督、コーチ、チームメート、裏方の皆さん、そして両親に本当に感謝している。人情味のある名古屋という土地だからこそ、ここまでできた。」(9月26日中日新聞1面)

引退記事の裏面に特集記事が載っていた。安保関連法が成立して「戦争のできる普通の国」に向けて始動した安倍首相が打ち出した”新三本の矢”。出生率1.8を掲げた子育て支援に介護離職ゼロを目指した社会保障と、見てくれはよい。中でもいちばん強調するのが国内総生産(GDP)600兆円の2020年度達成だ。
GDP(Gross Domestic Product)とは、1年間で新たに生産した財・サービスの総額から海外からの純所得を差し引いたもので、経済活動の代名詞になっている。日本のGDPはアメリカ合衆国、中国に次いで世界3位。ただし、国民一人当たりに直すと同26位(2014年)に落ちる。
国の豊かさを経済指標のみで計ろうとする考えに対しノーを突きつけたのがブータン王国だった。
ヒマラヤ山脈東部に位置する人口69万人の小国。1972年に当時の国王が提唱したのが国民総幸福量(GNH:Gross  National Hapiness) である。
GNHは72項目の指標を9つに分けて評価する。1.心理的幸福 2.健康 3.教育 4.文化 5.環境 6.コミュニティー 7.良い統治 8.生活水準 9.自分の時間の使い方
1.の心理的幸福の測定には、寛容、慈愛、怒り、ねたみなどの感情の頻度を数値化して地図上に示すという。
ブータン国立研究所のカルマ・ウラ所長はこう述べている。
「医療が高度な国、消費や所得が多い国の人々は本当に幸せだろうか。先進国でうつ病に悩む人が多いのはなぜか」

三木清(1897-1945)という哲学者をご存知か?京大の西田幾多郎門下で、独自の道を歩み、パスカル研究などで知られる。戦時下、無実の罪で特高に逮捕され、終戦直後に拘置所内で病死した。食事に硝子玉を混ぜられ、衰弱死したともいわれる。
彼の著書『人生論ノート』(新潮文庫)と高校1年で出会い、目からうろこの落ちる思いをした。その中の一節に「幸福について」がある。このコラム読者には直接原文に触れていただきたいが、文章の一端を紹介する。
*幸福を語ることがすでに何か不道徳であるかのように感じられるほど今の世の中は不幸に充ちているのではあるまいか
*幸福論を抹殺した倫理は、一見いかに論理的であるにしても、その内実において虚無主義にほかならぬ
*幸福を単に感性的なものと考えることは間違っている
*生と同じく幸福が想像であるということは、個性が幸福であることを意味している
*機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと、等々、幸福はつねに外に現れる、、、鳥の歌うが如くおのずから外に現れて他の人を幸福にするものが真の幸福である

マサこと山本投手の「野球選手として幸せな人生を送れた」というコメントがいかに多くの人たちに幸福をもたらすか。一流投手としては球速の出ないマサは米国留学でスクリューボールを会得し、頑健な体でドラゴンズ一筋32年間を生きた。その結果の「幸せ」発言であることを思うと、感謝の念でいっぱいである。引退表明が報道された日は、奇しくも三木清の命日だった。