ラグビー第8回ワールドカップ(W杯)の一次リーグ初戦で、日本が南アフリカに歴史的勝利を遂げた。過去7大会の通算成績1勝2分け21敗の日本が、W杯2度優勝歴のある世界ランク3位の南アを34対32で破ったのだ。公式サイトで「史上最大の番狂わせ」と呼ばれた試合から得られる教訓とは何か――。

このコラムはスポーツ欄ではないし、ラグビーは高校の授業でやった程度の僕が技術面で語れることはほとんどないが、、、。
テレビでは、34点中24点を叩き出したフルバック(FB)五郎丸選手の繰り出す正確無比なペナルティゴール(PG)を繰り返し映し出していた。両手を印の字に結び、前かがみになる独特の姿勢は外国選手の仕草を基に編み出したというが、野球好きの僕には、あのイチローが打席で弓を張る仕草と同質のものに思えた。

ここ一番、集中が必要な時に”いつものやり方”を頑なに守ることは、精神医学的に意味がある。
動物の中で人間だけが自覚的な時間感覚を身に着けた。(ほかの生物にも本能としての”時計”が備わっていることはまた別の機会に論じる)。そこから展開したのが歴史といってよい。過去・現在・未来と続く時間の矢を想像することから共同体社会が形成されていく。
別の見方でいえば、常に先を見据える必要があるので「不安」も生じる。動物にあるのは「恐怖」であり、不安、とくに潜在的不安を感じるのは人間だけだ。だから、いざという時に震えたり、いつもの実力を発揮できない。その時に頼りになるのは安定したこころ、平常心だろう。その心をコントロールするときに大事なのが体のコントロールである。
体を脳、と置き換えて読んでほしい。古来、伝統芸能や職人の仕事で肝要なのが手順だ。繰り返し脳に叩き込むことで、不安が消え、能力を最大限に発揮できる。FB五郎丸の活躍の秘訣は、そこにある。
なので、不安に悩む患者さんに「朝、同じ時間に起きて太陽を浴びなさい」と話すのはそういう理由があることを知っておいてほしい。

もうひとつ、ラグビーで記しておきたいことがある。サッカーと共通の起源を持つラグビーだが、ボールを前に投げることは許されないルールが特長だ。つねに攻撃の最前線に立つ主役は、落とすとどちらに転がるかわからない紡錘形のボールなのだ。パスする相手を信じ、そのボールの行先を信じるところから、道は開ける。

大西鐡之佑(1916-1995)の名前はラグビー人なら誰でも知っている。元早大教授でラグビー日本代表監督。
僕が大学2年のとき3度目の早大監督に就任し、下馬評を覆して早明戦に勝利、「荒ぶる」早稲田を復活させた。大西先生は力の戦いであるラグビーに「接近・連続・展開」理論を取り入れ、知性の力を強調した監督だったが、いっぽうで情の深い人でもあった。
彼の名言にこうある。「信は力なり」。そう思うと、五郎丸選手のポーズが、やはり”祈り”だったことが深くうなずけるのだ。