第153回芥川賞受賞作『火花』を読んだ。お笑いコンビ「ピース」のボケ役、又吉直樹(35歳)の著作ということで話題を呼び、同賞史上最多の230万部が売れた。ベストセラーを読まない習性の僕としては、早々と読了したのには理由(わけ)がある。その一端が示せればと思い、筆を執った。

「大地を震わす和太鼓の律動に、甲高く鋭い笛の音が重なり響いていた。熱海湾に面した沿道は白昼の激しい陽射しの名残りを夜気で溶かし、浴衣姿の男女や家族連れの草履に踏ませながら賑わっている。沿道の脇にある小さな空間に、裏返しにされた黄色いビールケースがいくつか並べられ、その上にベニヤ板を数枚重ねただけの簡易な舞台の上で、僕たちは花火大会の会場を目指し歩いて行く人達に向けて漫才を披露していた。」(冒頭より抜粋)

はたちの主人公徳永は漫才コンビ『スパークス』を結成し、花火大会の余興で持ちネタを披露する。だが、客に見向きもされぬコンビの声は途方もなく小さく、「聞こうとする人の耳にしか届かない」。徳永は圧倒的な疎外感を感じた。
スパークスのあと番が、コンビ『あほんだら』だった。虎の絵が描かれた黒アロハシャツにリーバイスジーンズ姿ののっぽが徳永に、(客に無視された)「仇(かたき)をとったるわ」と言い、ネタを始めるやいなや、通行人を睨みつけながら容赦なくゆび指し、「地獄、地獄、、あんたらちゃんとし」と女言葉で叫んでいたが、急にゆび指しを止めた。そこには母親に手を引かれた幼女がいたからだ。次の瞬間、満面の笑みを浮かべ、「楽しい地獄、お嬢ちゃん、ごめんね」と囁(ささや)いた。
その場面を見た徳永は天啓を受けた信者に変じた。「この人こそが真実」と弟子入りを決心した。
こうして、4歳年上の究極の天然派芸人神谷才蔵との師弟関係が成立した。条件は神谷の伝記を徳永が作ることだ。
『火花』は売れる漫才師となるために、常識を打ち破ろうとしながら葛藤に悩む徳永と、本当の漫才師は「野菜を売ってても漫才師やねん」と言い放つ師匠神谷との切磋琢磨を描いた正統派青春小説といえる。神谷は大阪から上京して交際相手と暮らし、借金で逃避行しても天衣無縫ぶりに変わりはない。そこに徳永は自分にない魅力を見出し、反発しつつも連れ添う。そうした日常の日々が章立てや小見出しなく、単行本148頁にわたって綴られる。

大阪生まれの又吉は、その風貌や名字からわかるとおり、父が沖縄、母が奄美の出身だ。週刊誌によると、体育のできる忘れ物の多いやんちゃな子供だったが(この辺りADHD的)、国語にだけはこだわりがあり、中2の教科書で芥川の『トロッコ』に感銘を受け、太宰の『人間失格』を読んで以来、”太宰教”信者で、読書歴は2000冊を超える。
太宰・芥川は僕の読書の”原点”でもある。なので、冒頭一番大事な徳永と神谷の邂逅場面でも、その影響がもろに出ていることがわかる。芥川は著書『侏儒の言葉』で書くとおり、こどもにだけは自らの持つ根源的不安・懐疑的人生観から逃れることができた。また、太宰が持っていた道化への憧憬は、ほとんどストレートに又吉の人生そのものとしてトレースされている。彼が三鷹で住んだ家賃5万円のアパートが太宰の住居跡だったのは、偶然では説明できない因縁を示唆している。

繰り返し書いているように、歌、祈りとともに笑いは、こころの病を治すうえでの”三種の神器”というのが僕の持論だ。お笑い芸人としてもピース又吉の独特な雰囲気は注目してきた。
又吉がピース以前に組んでいたお笑いコンビの名前は「線香花火」。その導火線に火が付き、大尺玉がスパーク(火花)した。