70回を迎えた広島原爆忌の平和宣言。松井一実市長は方言でこう訴えた。「広島をまどうてくれ」。これは「ふるさとや家族、そして身も心も元通りにしてほしいという被爆者の悲痛な叫び」を表したものだ。平均年齢80歳超えの被爆者と遺族、世界100ヶ国以上の代表ら5万5千人が参加、犠牲者を追悼した。

同じ日、阪神甲子園球場では夏の第97回全国高校野球選手権大会が始まった。1915年(大正4年)の第1回以来ちょうど100年が経った。今年が第101回でないのは、昭和17年からの4年間太平洋戦争で開催出来ず、空白があるためだ。戦時中の食糧難対策で、同球場のグラウンドはイモ畑に転用された歴史を持つ。
選手宣誓は京都・鳥羽高の梅谷成悟主将。第1回優勝校・京都二中は学制移行で鳥羽高となり、記念すべき今大会で甲子園出場を勝ち取る巡り合わせとなった。
「宣誓、、、この百年、日本は激動と困難を乗り越えて、今日の平和を成し遂げました、、、次の百年を担う者として、8月6日の意味を深く胸に刻み、甲子園で躍動することを誓います。」
梅谷君の言葉は彼の名前通り、スポーツマンシップの悟りを成したものだった。

開会式に続く第一試合前での始球式。マウンドに立ったのは、王貞治さんだった。野球を知らない人にも解説不要な”世界のホームラン王”だが、紹介したいエピソードがある。
早稲田実業高校(早実)に進んだ王選手は投手として活躍した。春夏通じて4回甲子園出場し、2年生春の選抜大会(昭和32年)ではみごと優勝した。王投手はエースとして連投、準決勝まで3試合連続で完封勝ち。しかし、アクシデントが起こる。大会中に利き手の左中指の爪を割ったのだ。決勝の高知商戦では血染めのボールを投げ続け、5対3で紫紺の大旗を手中にした。

ここで話は、『巨人の星』(梶原一騎原作・川崎のぼる作画)に移る。
これもファンには周知だが、知らない方のためにひとこと解説。元プロ野球巨人軍三塁手の父の夢を託された主人公・星飛雄馬が、スパルタ教育を受けて巨人に入り、最後は父が中日ドラゴンズのコーチとなって闘うまでを描いたビルドゥンクス・ロマン(青春大河小説)。僕の小学校時代の人格陶冶はほとんどこの漫画から得たと言ってよい。ぜひ、今の若者に読んでほしい不朽の名作だ。
で、左腕投手の飛雄馬は青雲高野球部に入り、伴宙太という生涯の友を得てバッテリーを組み、甲子園に駒を進める。準決勝で熊本農林高の左門豊作と対戦。その際、宿敵左門のピッチャーライナーを好捕したものの、折れたバットが飛んできたのを払い落とし、左親指の爪を割ってしまう。そのせいで、決勝戦ではもう一人のライバル花形満率いる紅洋高に敗れる。
『巨人の星』は、現実の野球界とフィクションが入り混じった梶原一騎ワールドが目一杯展開する。読んだ当時(昭和45年頃)には知らなかったが、血染めの親指場面は明らかに、王貞治投手のエピソードを下敷きにしている。
決勝戦のマウンド上で、飛雄馬はいちどは逡巡した。念願である巨人入団のために、割れた爪の事実を公表してマウンドを降りれば、プロのスカウトの評価は下がらない。しかし、生涯のライバル花形の澄んだ目をみ、一心不乱に応援するスタンドの声援を聞いて、飛雄馬は思い直す。
「その時その時にすべてを燃やし尽くしてこそ、いつの日か夢も果たせるのだっ」。
爪のことを隠したまま、スローボールでその場での最善を尽くし、敗けた飛雄馬。しかし、長い目で見てそれは彼の人格成長につながったのだった。――「敗けて勝つ!」

きょうの阪神広島戦で、カープナインは全員、背番号「86」、胸に「PEACE」のロゴ入りのユニフォームを着用した。野球を愛する人も、そうでない人も、こころの底には常に、”血染めのボール”を持っていてほしい。70回目の8月6日にそう想う。