先月末、極めて重要な通知が文部科学省から全国の教育委員会に出された――性同一性障害や同性愛者など性的少数者の児童生徒への細やかな対応を求めたのだ。今日5月14日は、同性愛権利擁護者のドイツ人医師マグヌス・ヒルシュフェルト(1868-1935)の生誕日かつ命日。この重いテーマを考えてみたい。

時を同じくして、東京都渋谷区で同性カップルを結婚相当の関係と認め、証明書を発行する日本初の条例が制定された。家族の新しい形を行政が追認した形だが、批判の声も耳にする。
宗教的理由から同性愛差別の長かった欧米に対し、わが国は稚児愛や若衆宿などおおらかな性風俗の歴史を持つ。それに反して現代日本の性規範は、同性カップル1万7千組のフランスや、大統領が同性愛を支持する米国などと比べ、いかにも旧態依然としている。
もちろん流行と違って、新しければよいとも思わないが、その前提としてあまりにも実態が知られていないのではと感じる。
確かに「LGBT」という表現は最近マスメディアに登場するようになった。しかし、レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの略語と知るだけで、その内実まで理解しようとする人がどのくらいいるのか。
最後の「T」に重なる概念が性同一性障害(GID)だ。これは生物学的性別(Sex)と性の自己意識(Gender Identity)とが一致せず、”からだの性”に違和感を持ち、”こころの性”に一致する性を求めて悩む状態。性的志向による同性愛とは異なる。精神医学の疾病分類に入っている「心の病気」だ。
真の原因解明はこれからだが、性にかかわりの深い大脳の奥深くの部分の差があるという調査や性ホルモン遺伝子の違いを指摘する研究がある。つまり体質の問題で、趣味や嗜好とは別次元の話なのだ。

当院に通うMale to Female(男性に生まれ、女性の心を持つ人)の紹介をしよう。
芽野子かおるさん(66歳)。職人の家に2人兄弟の弟として生まれた。、幼少時から漠然と「女の子になりたい」と感じていた。友達は女の子ばかり。それが関係したのかわからないが、8歳ころ兄から暴力を受けた。親には黙っていた。その後も兄からの暴力は続き、強くならなくてはと、学生時代剣道やボディービルで体はマッチョになった。
体育学部に入り、学生運動に身を投じた団塊の世代。友人のように卒業して器用に転向就職することができず、経歴を引きずってアルバイトで食いつないだ。年を経て、法律事務所で資格を取り、遅い結婚もして子どもができた後、ふとしたことで忘れてかけていた自分の”こころの中の女”に気付いた。女装してみた。言いようのない満足感。落ち着く感覚。「自分はやっぱり女なんだ」と悟った。

「性」という字を分解すると、リッシンべんに生きると書く。へんは心が立った状態。訓読みでは「さが」。
GIDのひとたちの「さが」を探す治療を、今日も続ける。