団扇(うちわ)を配って大臣を辞めた国会議員がいたが、きょうは内輪(うちわ)の話題をお贈りします。

木村忠嗣(ただつぐ)さん(39歳)は当院に勤めるナース喜代子さんの長男。忠嗣さんは生まれつきのハンディキャップを抱えている――ダウン症候群。その彼が一宮市内のブティックで絵画個展を開いたので、スタッフと見学した。
父の隆行さんは二科会同人。その影響もあり、5歳で心臓手術をしたころからちぎり絵を始めた。中学では美術の先生から絵画の手ほどきを受けた。特別支援学校では楽しいことばかりではなかった。絵筆や貼り絵用の色紙が、かけがえのない友の代わりとなった。
卒業後、一般の会社に入った。パン粉製造の仕事。頑張った。しかし、理解が遅く行動もマイペースな個性は、周囲の人間すべてにウエルカムという訳ではなかった。二十歳の時、決意した。「好きな絵をみんなに観てもらおう」。こつこつ作り貯めた貼り絵の作品群。家族の協力。油絵は完成まで半年を費やした。ついに市内画廊で個展を開くことができた。テーマは四つ。『元気・健康・笑顔・優しい気持ち』。以来、律儀に5年おきの開催を続けてきた。継続は力なり。

ここで、ダウン症候群(以下ダウン症)について説明しよう。
ヒトの細胞はおよそ60兆個あるが、そのすべてが同じ遺伝子を持っている。それが折りたたまれて細胞の中心(核)に保存されている。細胞分裂するときに分かれ出る”糸”の塊が染色体だ。生物によりその数はまちまちだが、ヒトでは23対(46)ある。そのうちの一対が同じXXだと女性、XYだと男性になる。その21番染色体が分裂の際、2本でなく3本になってしまった場合(トリソミーと呼ぶ)がダウン症だ。独特の顔貌や心臓奇形、知的障害などの問題を抱えたケースを報告した医師の名前がたまたまダウン氏(英国)だった。知的障害はイコールではなく、ダウン症が占めるのは1割ほどとされる。イコールと思い込んでいる人も多いようなので、ここで指摘しておく。
いま、ダウン症は遺伝医学(出生前診断)・産婦人科学の世界でトピックに上っている。
以前はダウン症を出産前に知るには妊婦のおなかに針を指す羊水検査が必要だった。それが、わずかな量の血液検査で同等の診断がつくようになったのだ。これにより”命の選別”が行われないか、医師の間でもケンケンガクガクの議論が起こった。背景には妊婦の高齢化があるのは間違いない。米国統計では母親が20歳代ではダウン症の発症確率は1/1562, 30歳代後半では1/214と上昇、45歳以上では1/19と跳ね上がる。


瀟洒なビルの狭い階段を上ると、3階フロアの壁全面に木村さんの作品19点が展示されていた。福井県若狭町の障害者アート展特別賞を受けた作品『水族館』では、水槽で泳ぐ魚たちの側から見た作者自身の姿が描かれている。彼の作品は全部、動物が主人公だ。「友達と遊んで、楽しんでいる姿を動物で表しました」。
質問してみた。「忠嗣さん自身を動物でたとえると、なんになる?」――「う~ん、ウサギかフクロウ。謙虚にやっていきながら、羽ばたく!」。好きな動物は「ペンギン」。実際に触ったときの「ぬるぬるした違和感が好き」なのだという。
僕が一番目についた油彩画があった。50号のキャンバスに左から赤色の猿、右にはクリーム色に黒斑点の豹、その上には鮮やかな緑色のカメレオンが長い舌を巻いている。題名は『いっぷく』。観ていると、なるほど、一服したくなる。
百聞は一見にしかず。この個展は昨日終わってしまったが、今年8月4日から9日まで一宮市浅野字駒寄12-3 ギャラリー葵(電話0586-76-8511)で再度個展が予定されている。どうぞ足を運んでみたら。