元号が改まった。しかし、生物種としてのヒト〔ホモ・サピエンス〕が改まるはずもない。あるとすれば、「進化」した脳が生み出したAI(人工知能)の、人間社会に及ぼす影響だろう。

大型連休を利用してオーストラリアに旅した。主な目的はユネスコ世界遺産ウルル(エアーズロック)に登ること。現地に入るまで細かい事情を知らなかった迂闊(うかつ)さと、軍手に登山靴準備のギャップが今となっては恥ずかしいが、帰国後に改めて書き留めておきたいことがある。

高さ335m、周囲9.4㎞の巨大な一枚岩。わずかな登山経験の醍醐味を知る者として、世界最大級の「岩登り」は魅力的だった。しかし、結局ウルル登山は当局の許可が下りなかった。理由は頂上付近の強風。しかし、日本以外の国ではすでに登っておらず、去年、登山中の邦人死者が出ても、相変わらずこの国ではツアー人気な気配だ。

安全と天候のほかに、今年10月で永久登山禁止となる真の理由は、先住民アナング族の聖なる土地への思いだろう。古代ゴンドワナ大陸から分離し他大陸と孤立したオーストラリア大陸には、数万年前から人間が移住してきたという。狩猟採集が中心で、言語を持たなかったアボリジニは、ウルルを生活の場とするとともに、風食により岩に刻まれた穴や線に「意味」を見出した。それが神話へとつながる。彼らの充足した暮らしを破壊したのが、わずか数百年前に大陸を「見つけた」西洋人だ。先住民を追い詰め、大陸を植民地化し、自分たちの正義を押し付けた。それが変わったのはつい最近。1985年、ウルルの所有権がようやく政府から先住民に「返却」された。

登山の代わりに催行されたウルル麓(ふもと)の散策ツアー。ガイドによると、とぐろを巻いた蛇と幾筋かの亀裂の入った場所で、アナング族が子供たちに聞かせる話がある。勇ましい女性が人間の女に化けた蛇と闘うのだが、そこでの教訓は相手を懲らしめても、完全には撲滅せずにフォローすることだ。キーワードは和解・共存。
ウルルには七か所の聖地があり、そこでは撮影禁止だ。自分たちの大切なものを拡散させないでくれとの訴えに、SNS全盛の我々は耳を傾ける必要がある。非科学的、迷信などの紋切型で逃げてはいけない。ガイドは言った。「ウルルに登ることは、神社の鳥居によじ登ることと同じなんです」。

「令和」の典拠が国内かどうかというレベルの議論をする前に、人が人として生きていくのに必要なことは何なのか?それをウルル登山禁止は問いかけている。神話とAIとの共存、と言い換えてもよい。
ウルル=カタ・ジュガ国立公園の入園券の最後には、こう記してある。
『ウルルに登らないことで、アナング族の気持ちを尊重することが求められる』