天皇陛下の生前退位が議論されている。象徴としての天皇の役割と生身の人間としての天皇のハザマで、陛下の年齢を考えた早急な対応を多数の国民が望んでいることが世論調査で示され、国の方針が注目される。
天皇家の“家紋”と言えば、菊。きょうはキクから広がる話。

奈良時代ころ大陸から伝わった短日性植物のキクは皇室にゆかりが深い。後鳥羽上皇が日用品に菊の紋を施したことが最初といわれる。
古来中国では奇数を喜ばしい陽の数(偶数が陰)としてきた。ひとケタで最大の九が重なる九月九日は、重陽の節句として祝い、季節の菊を浮かべた酒をふるまう風習がある。
日本では黄泉の国神話の口承により、伝統的に仏花や献花として菊が使われてきた。なので、五月五日の端午の節句に使われる菖蒲(尚武にひっかけた季節の花)と対になったことわざができた。
「六日の菖蒲、十日の菊」。
つまり、時機に遅れて役に立たないことのたとえ。今ならさしずめ、“十五日のチョコ、二十五日のケーキ”となるのだろう。

この9月10日が世界自殺予防デーなのは、なんという偶然か。
2003(平成15)年、WHOと国際自殺予防学会が共同開催した世界自殺防止会議の初日が、まさにその日。毎年異なるテーマが掲げられ、自殺予防キャンペーンが繰り広げられる。
地球上で毎年約80万人が自ら命を絶っている。理由として心の病気、特にうつ病の比重が大きい。自殺率が高いのは北欧・東欧・ロシア・中国・北朝鮮。OECD諸国では、韓国と日本が高い。
逆に低いのは今年の五輪開催国ブラジルにメキシコ、イラン、タイ、エジプトなど。キリスト教で自裁の禁じられているのは周知だが現実は複雑怪奇、フランスの自殺率は高い。

すべて、生あるものは死を迎える。個体の死が種としての生を支える面がある。死を自覚し、文化の域にまで高めた動物は、ヒトだけだ。
子どものころ「レミング死の行進」の話をどこかで聞いた。~ネズミの一種であるレミングは集団で海に飛び込む~
そうか、動物でも自殺するんだ、、、何十年も前のことだが、友人の兄が縊首した報せを受けて、なぜか思い出したのがレミングの話だった。実際これは事実と異なり、集団で川を渡るときの事故や、当時提唱された個体調節理論などが入り混じって流布した都市伝説だったという。

夏休み明けの9月上旬は子どもたちの自殺が突出する時期。日本人の自殺者数は一時3万人で高止まりし、ようやくこの数年下がってきているが、若者の自殺率はむしろ上昇している。
日本財団の調査では、4人に1人が「過去に本気で自殺したい」と思ったことがあり、20代は35%にも上る。
こころ医者という仕事をしている因果で、自裁する患者さんと出会う事がある。このことに筆が及ぶと、脳髄が地面に引きずり降ろされる感覚に襲われる。その“重力”に打ち勝つために、初診で来るうつ病の患者さんに必ず訊(き)く項目がある。
「この世から消えてなくなりたいと思うことはありませんか?」。
つらそうに見えても、この問いかけをする方が自殺率を抑えることが示されている。
精神分析医フロイトが「タナトス」と呼んだ死の衝動を断ち切るにはどうしたらよいか。特に将来ある若者にとっての自死の道を「十日のキク」で埋めないようにと思いつつ、きょうも外来を続ける。