2016年02月

果報は寝て待て?~アリ社会に学ぶ~

日本人を働き者と思う人達の割合は減少中だろうが、それでも、今回のニュースは特筆に値する。
アリ社会では必ず、集団内で働かない働きアリがいる。この一群の”怠けアリ”がいるおかげで、集団が長期存続できると、長谷川英祐・北海道大准教授(進化生態学)のチームが『サイエンティフィック・リポート』に研究発表した。

動物の中で最も多様性を備えて進化したのが昆虫。その中でハチ(蜂・bee)やアリ(蟻・ant)は分業的階層を持ち、集団生活する種として知られる。分業的階層とは、子孫を産むのは女王ハチ・アリに特化して、ほかの個体が営巣などを受け持つ役割分担制のこと。長谷川先生によると、アブラムシの一部やハダカデバネズミも同じ階層を持つ。
英国の動物行動学者リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』を読んだ長谷川博士は、働きアリが自分の子を産まずに兄弟の子育てを手伝う”利他の精神”で自分の遺伝子を後世に残す戦略に魅かれてアリの研究に入ったという。
研究を続けて判明したのが、以下の事実――働きアリのコロニーには常に2割ほどの働かない個体群がいる。その2割を元のコロニーから分離すると、そのうちの8割が働き出す。また、残った”勤勉”な8割の中から2割が働かなくなる現象も確認された。
つまり、コロニー内の労働割合は、個体群によらず常に一定であるという法則が導き出される。これは営巣などの仕事に対する腰の軽さともいうべき「反応閾値(いきち)」の差が原因だ。
今回はさらにコンピュータ・シミュレーションを用い、ひとコロニー75匹のアリ全員が同じに働く集団と、一部が何もせずにいて、他の働くアリが疲労してから働き出すアリのいる集団を比較。結果は、全員が働くコロニーのほうが早く滅びる傾向が強かったという。

なんだか身につまされる話ではないか。効率を求めて頑張りすぎると、長期的視点に立てばかえって非効率的になるという逆説。しかし、見方をかえれば、これは「ワークシェアリング」だ。種の保存という究極の目的のために、仕事に余裕を持たせることは当然ともいえる。
診察で真面目一辺倒なうつ病の患者さんに僕がよく言う言葉。「自動車もハンドルに”遊び”がないとかえって危ないよね。ゆったり、しっかりでいこう」。
幾人もの”勤勉アリ社員”の患者さんの顔が思い浮かぶ。一カ月の時間外就労が軽く80時間を超える彼らを救うのは抗うつ薬ではなく、まず、休養なのだ。ある道路管理会社で働く男性、安見奈史夫さんへ。これを読んでいたら、実行してください。復職後3か月で残業80越えはだめですよ!(本当は安見さんの上司・会社に言うべき言葉)。
いっぽうで、年単位で自分の出番を待っている”待機アリ社員”の患者さんも当院にはいる。彼らにはこう言う。「規則正しい生活を送って、体の遺伝子を活性化しよう。うつが良くなるのを積極的に待とう!」。ヒトという種レベルで見れば、彼らの存在は人類を破滅から救う適応種かもしれないと思うことにしている。
さて、昔からのことわざ「果報は寝て待て」は、平成ジャパンでどれだけ有効だろうか。

オボちゃんは誰にチョコを贈るのか?

春一番が吹き、季節外れの暖かさとなったことしのバレンタインデー。チョコレート商戦にも変化の兆しが訪れている。恋の告白チョコを男性に贈るよりも、自分用の高級チョコを購入する女子が増えているという。
百貨店運営会社が実施したバレンタイン意識調査では、チョコ予算の5割以上を自分のために費やす人が初めて半数を超えた(中日新聞2月9日夕刊)。

自己愛。英語でNarcissism。語源はギリシャ神話に登場する美青年ナルキッソス。森の妖精エコーの求愛を拒んだ罰として、水面に映る自分の姿に焦がれ続けるという罰を受け、最後はスイセンの花になってしまう。ナルシシストはうぬぼれの強い自己陶酔者を表す言い方だ。今なら”自己中”と言った方が通用しやすいかもしれない。
もちろん、自分用のチョコを買う女性がそのまま”ジコチュ―”であるわけはないが、2004年に「世界の中心で愛を叫ぶ」(小説、映画が大ヒットした)をもとに”セカチュー”という言葉が流行ってから、この国も自己中心的な生き方が日常化してきたな、という気がしていた。

そんな事どもをつらつら思い浮かべていたら、『あの日』(講談社)が出版された。著者は元理化学研究所CDBユニットリーダーの小保方晴子氏。
彼女に関しては、あのSTAP論文指導者、笹井芳樹CDB副センター長が僕の高校同級生だったこともあり、当欄で何回か言及してきた。マスメディアの末席を汚したことのある身として、一連の過熱報道ぶりを見守り、笹井君の死という出来事を前に考え込んだ。
『あの日』は発売初日、三省堂書店一宮駅前店で購入した。手に取って驚いた。どこかで見た。既視感。そう、昨年6月同店で「あの」本を買った時と全く同じ外観だったからだ。(アーカイブ2015.6.28.「僕は、僕でなくなった」参照)。酒鬼薔薇事件の犯人Aが書いたのはオール黒地に白のカバー。小保方さんのは黒の折り返しの付いた白一色の装丁に、Aの本と同じ白一色のカバー。「真実を歪めたのは誰だ?」とやはり白色の帯にある。
装丁は「私は潔白です!」という編集者の意図だろうが、内容を読むと、これまたAの本と通底している部分があると感じた。自己弁護、というより、自己愛に溢れる記述。同じ感想を佐藤優氏が週刊誌で述べていて、うなずいた。
15に章立てされた文章は小児リウマチだった幼なじみとの出会いから始まる。「はるちゃんは頭がいいから、将来なんにでもなれるよ」。中学時代、全国トップクラスの成績がありながら滑り止め高校にしか入れず、医師の道を考えながら「間接的にでも多くの人の役に立てる可能性のある研究の道」を選んだと書く。
多くの読者が望む「STAP細胞はありまぁす」事件の真相に関しては、当時の経過を時系列で記しているが、やはり本人の気持ちが先走り、つぶさに読むと若山照彦チームリーダーへの責任転嫁が繰り返し主張される。彼女の”主観的真実”は読み取れるが、我々の知りたいことには手が届いていない内容に思える。
きっと、彼女の低い自尊心は、一連の出来事でずたずたにされたことだろう。その分、自己愛が高まるこころの仕組みが働いたと僕は見る。しばらく、自己チョコで脳の疲れを癒すのも一法だろう。

番長の覚醒剤

プロ野球名球会会員の清原和博氏(48歳)が覚醒剤所持容疑で捕まった。ホームラン数歴代5位を誇る”番長”逮捕のニュースは号外で出され、球界のみならず多くの人達に衝撃を与えた。

覚醒剤(カクセイザイ)。その語感に圧倒される人もおられよう。英語ではAwakening Drug。Wake(目覚め)させるドラッグ。芸能界でその薬物汚染が繰り返し話題に上る。のりピー(酒井法子)やチャゲアスのASKAが記憶に新しいが、より深刻なのは、闇ルートの出物が市民レベルにまで浸透していることだ。この機会に少し、覚せい剤の知識を当コラム読者とも共有しておこう。

19世紀末、生薬の麻黄(まおう)からエフェドリンが抽出された。そこからドイツで合成された覚醒剤がアンフェタミン。さらにわが国で依存性のより強いメタンフェタミンが合成された。第二次世界大戦では戦闘員の眠気を取り、戦意高揚に利用された。同盟国でも連合国でも事情は同じ。国内では戦後もメタンフェタミンが「ヒロポン」「ゼドリン」として市販されていた。裏社会では資金源として利用され、芸能界にも広がるようになる。
薬理作用を説明する。脳にはドパミンという神経伝達物質をやり取りする神経線維のネットワークがあり、覚醒剤はこうした部位に作用してドパミンを過剰に分泌させる。その結果、過覚醒や爽快気分を生じるわけだが、連用すると耐性が生じ、以前と同じ用量では効果が出にくくなる。「もっと、もっと、、、」というワケだ。
副作用として、交感神経刺激症状がある。血圧上昇して散瞳、発汗、口渇が出、易興奮状態となる。精神疾患の統合失調症ではドパミン過剰状態となり、覚醒剤精神病では同様に幻視、幻聴などの幻覚や妄想に陥ることがある。

当院に通う覚醒剤精神病の塀野中男さん(38) は前述した症状をすべて経験している。
17歳の夏、商業高の同級生からシンナー を教わり、18歳でやめたのはいいが、19歳から覚醒剤との付き合いが始まった。
大阪に出てホスト生活中はドラッグ無しで過ごせた。しかし、勤務先が潰れてお決まりのパターンにハマる。再度のシンナー、そして覚醒剤。フラッシュバックで精神科入院治療を余儀なくされた。再犯を繰り返し、覚醒剤取締法違反等で計10年の刑務所生活。当院初診は4回目の刑期を終え、出所翌日のことだった。
決していかつい男ではない。むしろ気の弱い、どこにでもいる青年で、礼儀正しい。ただし、いったん症状が出ると、周囲が自分を陥れるという被害妄想にかられ、せっかく入社した職場を辞めてしまう。3回目のフラッシュバックの時は、母からのメールに絵文字が入っているのを見た瞬間、「誰かが自分を嵌めようとしている」と妄想が広がった。

清原選手は3年前、KKコンビとしてPL学園以来の盟友桑田真澄投手に「もう連絡せんでくれ」と伝えたという。事実上の絶縁状態。昨年は四国お遍路めぐりをし、離婚して会わなくなった子どもへの想いをブログに綴っていた。塀野さん同様、決して”番長”などではなく、根は気の弱い男なのだろう。
 
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