2015年12月

さよなら未年

平成27年も残り秒読みに入った。ビッグバンで宇宙が誕生してからの歴史138億年(いち・み・や億年と読める!)を1年に縮めると、人類が出現したのはきょう大晦日、しかも紅白歌合戦の時間だ。キリスト生誕は除夜の鐘を突き終える5秒前という計算。なんともスケールの大きな話で未(ひつじ)年を締めくくろう。

年末恒例の10大ニュースが新聞紙面に掲載されている。昨今のキナ臭い世相を反映して、海外ではパリ同時テロなどイスラム過激派関連がトップ、国内では集団的自衛権行使を容認する安全保障関連法案成立が1位に選ばれた。
暗いニュースの並ぶ中で希望を与えてくれたのが、梶田隆章・東大宇宙線研究所長と大村智・北里大特別栄誉教授へのノーベル賞授与。中日新聞は地元紙ということもあってかMRJ初飛行をランク入りさせたが、僕個人としては、それ以上に載せてほしかったのが、金星探査機『あかつき』の周回軌道再挑戦成功の報道だった。
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)のHPから要約してみよう。
『あかつき』(PLANET-C)は火星探査機『のぞみ』(PLANET-B)に続く惑星探査計画で、金星の大気の謎を解明しようと投入された。大きさが地球に近く、太陽からの距離も他惑星に比べて近いのに、なぜか金星の大気は高温の二酸化炭素に包まれ、硫酸の雲が浮かぶことまではわかっている。その理由が探査で判明すれば、地球環境の成り立ち解明に大いに役立つのだ。
『あかつき』が種子島宇宙センターから打ち上げられたのは2010年5月21日。同じ年の12月7日に金星の周回軌道に入る予定だったのが、異常燃焼による機体損傷で軌道投入に失敗。だがスタッフはあきらめなかった。原因を正確に突き止め、探査機の軌道修正作業を地道に続けた。
JAXAのあかつき特設HPで、中村正人プロジェクトマネージャーはこう書いた。「今回の経験から将来に向けた教訓を導き出し、失敗を乗り越えて新しいミッションを打ち出すことは、私たち宇宙科学に携わる者の使命です」
以来まる5年、ついにその日は来た。
今月9日、『あかつき』が金星との最短距離400㎞で、その周囲を13日14時間周期で回っていることが発表された。わずか1.4m四方、重量518㎏の探査機メインエンジンが使えない。しかも機材の耐久年数4年半を超えているという大きなハンディを、綿密な計算と気概によって乗り越えた。5年前『はやぶさ』が2度目の大気圏突入で小惑星イトカワの資料を持ち帰った”奇跡”の再現を思い起こした人も多かったろう。

あかつき成功のニュースを知り、僕はある歌を思い出していた。
25年前に流行ったロックグループ「たま」の『さよなら人類』(柳原幼一郎作詞、知久寿焼作曲)。
♪二酸化炭素をはきだして あの子が呼吸をしているよ~♪で始まる、中年世代ならよく知るのんびり独特メロディー。有名なリフレインは♪今日人類がはじめて木星についたよ ピテカントロプスになる日も近づいたんだよ♪
ことしNASAの無人探査機ニュー・ホライズンズ(2006年打ち上げ)が冥王星の映像を送信してきたが、同機が木星探査をしたのは8年前のことだ。
われわれ人類は、宇宙の隅のちいさな、しかし緑ゆたかな星に生かされている。それを想うと、日々の細々とした事どもへの煩(わずら)いが減るような気がするし、地球規模に拡がる民族紛争すらちっぽけなものに見えてくる。♪武器をかついだ兵隊さん 南にゆこうとしてるけど サーベルの音はチャラチャラと 街の空気を汚してる♪とたまは歌う。
来年は申(さる)年。映画『猿の惑星』(1968)のラストシーンは衝撃的だった。人類があの映画と同じ轍(てつ)を踏まない英知が求められる時代にわたしたちは生きている。



 

2日遅れのクリスマス・イブ

「六日の菖蒲(あやめ)、十日の菊」。[菖蒲は五月五日・端午の節句、菊は九月九日・重陽の節句に用いることから、「六日の~」は、時機遅れで役に立たないものを指す。]

クリスマス・イブから2日過ぎた土曜夜、一宮むすび心療内科スタッフ忘年会を催した。昨年に引き続いて会場は『三栗(みくり)』。当コラム愛読者には周知のレストランだ(アーカイブ2014.12.28.『ハンバーグ弁当、ふたたび』を参照)。今年のコース料理主役はローストビーフ。だが、真の”メインディッシュ”は会の内容だった。

事のきっかけは師走に入って間もない昼下がり。午前の外来を終えランチをと思い、一宮駅に向かう路上で珍しい人に出会った。――
酒野進さん(74歳)。市内に住む元繊維業者で、アルコール漬けを治したいと当院受診。しばらく通った後、この夏ぷっつりと顔を見せなくなった。クリニックにギター片手で現れ、スタッフ相手に一曲つま弾いてくれるサービス精神旺盛なお爺さんだっただけに、皆で心配していた。精神病理は無きに等しいので、内科的治療が中心だったが、、、。
歩道脇でしゃがんだまま、ギターの弦を直している。訊くと、7月に胆管炎を起こして入院していたという。飲み過ぎが原因なのは明らかだった。「発泡酒のあと、焼酎2合、ぶどう酒2合、しめに日本酒2合の生活を7,8年は続けてたからね」。疝痛発作を起こして運び込まれ、一カ月の病院生活を余儀なくされた。だが怪我(けが)の功名、いらい、アルコールはぷっつりと止めた、という。
酒野さんが酒を止められたわけがもう一つある。ギターが縁で、歌の好きな女の子と知り合い、元教師の男性とトリオを組んで、老人ホームなどを慰問していたのだ。他人のために尽くすことがある者は強い。――

というわけで、久しぶりの再会を喜んだ僕は、話を聴いて閃(ひらめ)いた。
「酒野さんのバンド、うちのクリスマス会でいっちょう弾いてくれませんか?」
「おうともよ!」。二つ返事で答えてくれた。トリオの名は『ななちゃんバンド』。女の子の名前から採った。

モダンでシックなたたずまいの『三栗』店内で、アコースティックギターの元気高齢者コンビをバックに、弱冠はたちの奈々ちゃんがマイクを握った。
オープニングは讃美歌「アメイジング・グレース」。途中、四季の歌や原節子を偲んで酒野さんが選んだ「青い山脈」を皆で歌った。(原節子の存在すら知らぬ若手がいるのを知り、世代間ギャップを感じもした)。最後は「きよしこの夜」の合唱。サンタに似せた赤いドレスで熱唱した奈々ちゃんの姿がまぶたに残った。

イブには2日間に合わなかったが、むすびスタッフには時機に適う、素敵なクリスマスプレゼントとなった。酒野さん、ありがとう。英気を養って、日々の診療に還元します。






ギャラリー