2015年10月

続・スポーツの秋にうつを吹き飛ばせ!

『続・10月10日は体育の日』に続けて続編版をお届けする。(まずアーカイブ2014.10.12.『スポーツの秋にうつを吹き飛ばせ!』をお読みください)。
ことしも1年前同様、雨で1週間延期された小学校学区運動会が催された。透き通った秋空の下、「赤勝て、白勝て」の歓声がこだました。きょうは昨年コラムで自分に出しておいた”宿題”の提出日。

『脳を鍛えるには運動しかない』(ジョンJ・レイティ著、野中香方子訳、NHK出版)。
350頁の分厚さにたじろいで1年”積読”だったのを、覚悟して読み始めたら一日で読了できた。内容は論より証拠、僕の下手な解説より直接お読みください、ではあるが、2100円+税なら買ってみようと思って頂くために概要を紹介しよう。
著者は米国ハーバード大医学部臨床精神医学准教授。1980年代にADHDの研究を始め、最近は運動の精神活動に与える影響の研究を続け、全米ベスト・ドクターに選出されている。
本書では、「運動で爽快な気分になるのは、心臓から血液がさかんに送り出され、脳がベストの状態になるから。筋力や心肺機能を高めることは、むしろ運動の副次的効果」(序文)と言い切る。
レイティ博士はこの主張の裏付けとして、第一章「革命へようこそー運動と脳に関するケーススタディ」で、シカゴのある高校の取り組みを紹介する。
以前カフェテリアだった場所にランニングマシンとエアロバイクを並べ、午前7時過ぎから授業前トレーニングを課す研究を行った。ポイントは平均心拍数を一定以上に保つこと。その結果は――
ゼロ時限体育と銘打ったこの授業で、この地区生徒1万9千人の読解力など成績が17%伸びた。それだけではなく、校内暴力が以前より6割減少したのだ。成績向上は特に運動直後に授業を受ける方が効果が高かった。これは医学的にはどういうことなのか?
その理由は脳内の神経伝達物質にある。運動によってセロトニンやノルアドレナリンなどのバランスが保たれ、結果として記憶力が増したり、イライラなどの衝動性が抑えられるという。
この研究をきっかけに、学業成績はBMI及び有酸素運動と最も関連の深いことが明らかになった。つまり、おデブちゃんが成績を上げたかったらジョギングしよう、というワケだ。第二章以下ではマウスの実験などのデータを紹介し、様々な心の病、たとえばパニック障害克服のための具体的提案も書いてある。今日から僕の臨床にも取り入れようと思っている。何しろ副作用がなく、タダで出来るのだ。
この本の優れた所は第三章「ストレスー最大の障害」の記述に象徴的に表れている。
一般にストレスは悪いもの、避けるべきものと捉えられがちだが、レイティ博士は違う。筋肉増強にはいったん筋繊維を壊して休ませる必要がある(インタバル・トレーニングが好例)。ニューロン、つまり脳も同じなのだと博士は言う。ストレスを避けずに生きる事の重要性。
定期的有酸素運動は体を安定化させてストレス毒性を減らす作用がある。同時に酸素は体を傷つけるフリーラジカルを発生させる両刃の剣でもある。ブロッコリーは抗酸化作用でがん予防食品の代表格だが、実はスルフォラファンという有害物質も含んでいる。この物質のお陰で虫に食べられずに種を保存できるのだ。これは実に示唆に富む話ではないか。
と、ここまで付いて来られた忍耐強いあなたなら本書を手に取りたくなるはずですが、、、。

生きとし生けるものには、長年の進化で身につけた自然回復力がある。それに従うのが最も合理的であり、その歴史上、大半を狩猟生活で過ごしてきた人類にとって、「運動」は最高のレメディ(治療薬)なのだ。
この本の扉の言葉を最後に載せておこう。
人生において成功するために、神はふたつの手段を与えた。教育と運動である。しかし、前者によって魂を鍛え、後者によって体を鍛えよ、ということではない。その両方で、魂と体の両方を鍛えよ、というのが神の教えだ。
このふたつの手段によって、人は完璧な存在となる。ーープラトン



続・10月10日は体育の日

まちを歩けばキンモクセイの香り漂う季節となった。秋真っ盛りの体育の日、亡き体育恩師の墓参りをした。昨年10月10日、当欄で書いた長谷川金明先生(享年27歳)の墓だ。[先に去年のコラムを読んで下さると幸いです]

一宮駅から北に2㎞。今伊勢町の線路脇にこじんまりした墓地がある。その一画、1坪に満たない仕切りに子供の背丈ほどの墓石。「長谷川家累世塔」と彫られたその墓を建てたのは金明先生の父母。体育の日前日に先生が逝ってひと月後のことだった。
何が辛いと言って逆縁ほど身を切る出来事はない。子供二人を抱えるこの歳になって心底そう思う。我が子を二十歳代で喪ったご両親の悲しみがどれほど深かったか。
本名のかねあきでなく、“きんめい”と皆から親しまれた金明先生は、母も祖父もおじも教師だった。僕は小学1年で母堂の美枝子先生に教わり、中学1年から息子の金明先生に教わった。思えば不思議な縁である。七回忌のとき、結婚直後に病気がわかったときは手遅れだったと涙ぐんだお母様の様子が忘れられない。

きょうは先生の妹美知子さんから、今伊勢の実家でお話をうかがった。ご両親もとうに亡くなり、唯一の肉親の美知子さんは横浜に住んでいるので、ときどきご主人と実家に戻っては掃除片付けをするが、人が住まないと家というのは傷むようで、仏間の天井の穴のわけを訊いたら「アライグマ親子が居座っているんです」と教えてくれた。
美知子さんが当時の写真を探し出してくれたが、僕らの学年のものは無かった。
一宮高で天文観測台(高校であるのは凄い)をバックにしたり、中京大で他大学生と並んだりといったスナップはあるが、最後の3年間、つまり僕が教えてもらった25歳以後の写真は1枚も残っていない。たぶん、新婚前後の想い出の残るアルバムが辛くて奥様が処分したのではと、妹さんは推し量る。[奥様は先生の逝去後、籍を抜いて再婚された]

心に残る一枚があった。高校陸上部で一心不乱に走る金明先生。それを見た瞬間、以前美知子さんから聴いたエピソードが蘇った。
昭和39年秋、東京オリンピックの聖火リレーで一宮市内を走ったのが金明先生だった。
いま、東京オリンピックと云えば、2020年の来るべき五輪のことだ(開会式は7月)。国立競技場デザインの白紙撤回、シンボルマークの剽窃疑惑など、今の日本を象徴するかのようなトラブル続きだが、スポーツの原点に戻った祭典にしたいと思うのは、僕ひとりではないだろう。

きんめい先生に、2度目の聖火リレーを走って欲しかった。そして、あの垂れた優しい目で、語って欲しかった。生きていれば、71歳でのランになったはずだ。
やっぱり、体育の日は10月10日であってほしい。









 

ペットとともに生きる

10月4日は世界動物の日。中世イタリアのカトリック修道士、アッシジのフランチェスコの祝日にちなんだ動物保護デー。神の前では人も動物も平等と説いたこの修道士、”小鳥への説教”などで名高い聖人だ。その記念日を前にして悲しいニュースが報じられた。
3日朝、徳島市内の道を盲導犬と歩いていた山橋衛二さん(50歳)がバックしてきたトラックにはねられ、犬とともに死亡した。現場は歩道のない幅5mの市道で、道路脇の資材置き場に入るためバックした2トントラックの警告音が鳴らなかったという。盲導犬は黒のラブラドル・レトリバー”ヴァルデス”。10歳のオスで、高齢による引退を目前にしての悲劇だった。

ペットロス症候群という心の病がある。正式な疾患名ではないが、文字通りペットを失くし抑うつ状態に陥ることで、喪失体験のひとつ。罹患率はかなり高いと思われる。
国内のペット飼育頭数は犬が1034万匹、猫が995万匹と推定されている(2014年)。犬の保有頭数が毎年減少してきているのに反し、猫は3年連続で増加中。むかし、”なめ猫”ブームというのがあったが、動物愛護法改正で自治体が引き取り拒否できるようになった影響があると思われる。
犬の寿命は以前より長くなったとはいえ、10数年から長くて20年。猫も似たようなものだ。”鶴亀”を除けば人間サマのほうがペットを看取ることになるのはやむを得ない。

当院にもペットと死に別れて抑うつ状態となり、受診する患者さんがいる。
犬塚しのぶさん(35歳)は小さい時から「自分はいらない子」と思い込んで育った。虐待やいじめがあったわけではない。ただ、親や教師から褒められた記憶はない。一度きりの恋愛も成就しなかった。
そんな彼女の唯一の慰め役が、飼い犬の”ロダン”だった。彫刻のように彫りの深い顔立ちのボルゾイ。中学生時代からの付き合いだ。学生時代も、仕事をしだしてからも、しのぶさんが専属の世話係。ロダンに嘔吐が続いたときは、有給休暇をとって獣医に通った。
なので、2年前に老衰でロダンがこの世を去ってから、すべてがむなしい。それを周囲に決して悟られないようにするのがロダンへの恩返しと思い定めている。会社の人間は彼女が悲しんでいる姿を見たことがないだろう。

ペットロスではないが、難しい家族関係を動物の世話で癒そうとする患者さんもいる。
酒向キリコさんは22歳なのにアルコール依存症予備軍。肝機能のγーGTPが300を超える。10代で摂食障害を発症、ある意味律儀な彼女は、20歳になって依存対象を過食からアルコールに変えようとした。その結果のガンマ300なのだ。
病気のきっかけはよくあるダイエット願望ではなく、家族、とりわけ父との確執にある。つねに妹と比較され、良い子を演じるよう強いられてきた。
臨床心理士とのカウンセリングを当院で続けるキリコさんは、新たな職場に希望を見出そうとしている。犬の大好きな彼女はトリマーの資格を取り、ペットショップで働き出した。ワンちゃんのシャンプー、カットに精を出すときだけは、過食やお酒の誘惑から逃れられる。

大家守代さん(29歳)は気分の波が激しく、実家を出てひとり暮らし歴7年。最近かわったペットを飼い始めた。
家賃節約のため築数十年の平屋を借りる守代さん。ある夜、壁際に一匹のヤモリを見つけた。最初はきまぐれだったが、世話をすると情が湧(わ)いてくる。古家を探すと、いるわいるわ、いまや7匹のヤモリの”家主”となった。
ヤモリとイモリの違いもわからぬ職場の同僚に話をするのが最近の楽しみだ。エサはコオロギ。ペットショップで購入する。ちゃんと売っているのだ。「7匹とも顔がみんな違う。ちゃんと区別できるよ」と自慢し、気分の波もよい様子だ。

哺乳類にせよ、昆虫にせよ、ペット動物とのふれあいが精神的安定をもたらすのは経験的には明らかだ。私事になるが、拙宅では茶のトイプードルを飼っている。10歳オス。名前は”チョコ”。浅田真央ちゃん飼育の”エアロ”にそっくりだ(トイプはどれも良く似ているか、、、)。さてと。今夜も散歩に出掛けなくっちゃ。




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