2015年05月

鳥の目虫の目

小型無線飛行機(ドローン)を公共の場で無断操縦したとして15歳の少年が逮捕された。怪我の危険があるというのが表向き理由だが、逮捕はやりすぎという意見と、当然という主張が交錯している。本日の院長コラムでは「視点」をキーワードに論じてみたい。

先日、NHKで興味深い特集をしていた。「高所平気症」。高所恐怖症と逆の状態で、小さい頃からマンション高層階で育つと、高い場所でも何ら恐怖感を覚えないという。最近、ベランダからの転落事故が増加した関連で出てきた概念で、医学的に承認された疾患ではない。
それで思い出したのが、マンションで育った子どもは車をマッチ箱のように描くという話だ。これまでそうした患者さんに出会ったことがないので、都市伝説なのかいまだに定かでない。ただ、Google mapを初めて見た時の驚愕は今も鮮明だ。
ーーパソコンに自宅住所を打ち込むと、数十センチ四方の画面に収まっていた地球がずんずん膨張し、こちらに迫って来る。雲が晴れ、見慣れた街並みが現れ、いつもの屋根とマッチ箱のマイカーが並ぶーー

角出納屋無さん(35歳)。心療内科受診理由は「平坦な道が下って見える」。眼科的には問題なく、目まい様の症状もある為、耳鼻科にもかかったが、重篤な異常は無し。最初は腑に落ちなかった。しかし、診察で話すうちにストレス源に気がついた。
ーーある日、知らない業者から商品が届いた。「うちは宅配頼んでませんよ」。「でも確かにお宅です」。依頼者名はなるほど、間違いなく角出とある。住所も正しい。仕方がないので代引料金を支払った。
しばらくして今度は違う業者からの寝具が届いた。やはり依頼者は自分になっている。そんなことが繰り返され、寿司桶が届くに及んでは黙っているわけにはいかない。
調べると同一郵便局の消印と判明した。警察に届けると、個人まで特定できないと捜査出来ないという。(それをするのが警察じゃなかったのか)。新聞社にも相談したが、門前払いされた。その間も卑怯勝手な注文は続いている。その頃から道の傾きが酷くなった気がする。
最近、角出さんと同じ被害を受けている人たちが複数いると分かった。被害者の会を立ち上げるか検討する段になって、傾きは以前より心持ち改善した様子だ。卑劣な犯行の対応に苦慮する一方、他人の視線で物事を見てみると脳も変わる気がする。

ドローン(Drone)とは雄のミツバチのこと。あのブーンという羽音が語源という説もある。翼を持たないヒトにとっては、使い方次第では有用な文明の利器と思う。一方で、地べたを這う虫の視点から物事を眺める事も必要だろう。角出さん事件の犯人がこのままドロンしないことを願いつつ、今日は筆を擱く。





 

心を立てて生きる人たち

先月末、極めて重要な通知が文部科学省から全国の教育委員会に出された――性同一性障害や同性愛者など性的少数者の児童生徒への細やかな対応を求めたのだ。今日5月14日は、同性愛権利擁護者のドイツ人医師マグヌス・ヒルシュフェルト(1868-1935)の生誕日かつ命日。この重いテーマを考えてみたい。

時を同じくして、東京都渋谷区で同性カップルを結婚相当の関係と認め、証明書を発行する日本初の条例が制定された。家族の新しい形を行政が追認した形だが、批判の声も耳にする。
宗教的理由から同性愛差別の長かった欧米に対し、わが国は稚児愛や若衆宿などおおらかな性風俗の歴史を持つ。それに反して現代日本の性規範は、同性カップル1万7千組のフランスや、大統領が同性愛を支持する米国などと比べ、いかにも旧態依然としている。
もちろん流行と違って、新しければよいとも思わないが、その前提としてあまりにも実態が知られていないのではと感じる。
確かに「LGBT」という表現は最近マスメディアに登場するようになった。しかし、レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの略語と知るだけで、その内実まで理解しようとする人がどのくらいいるのか。
最後の「T」に重なる概念が性同一性障害(GID)だ。これは生物学的性別(Sex)と性の自己意識(Gender Identity)とが一致せず、”からだの性”に違和感を持ち、”こころの性”に一致する性を求めて悩む状態。性的志向による同性愛とは異なる。精神医学の疾病分類に入っている「心の病気」だ。
真の原因解明はこれからだが、性にかかわりの深い大脳の奥深くの部分の差があるという調査や性ホルモン遺伝子の違いを指摘する研究がある。つまり体質の問題で、趣味や嗜好とは別次元の話なのだ。

当院に通うMale to Female(男性に生まれ、女性の心を持つ人)の紹介をしよう。
芽野子かおるさん(66歳)。職人の家に2人兄弟の弟として生まれた。、幼少時から漠然と「女の子になりたい」と感じていた。友達は女の子ばかり。それが関係したのかわからないが、8歳ころ兄から暴力を受けた。親には黙っていた。その後も兄からの暴力は続き、強くならなくてはと、学生時代剣道やボディービルで体はマッチョになった。
体育学部に入り、学生運動に身を投じた団塊の世代。友人のように卒業して器用に転向就職することができず、経歴を引きずってアルバイトで食いつないだ。年を経て、法律事務所で資格を取り、遅い結婚もして子どもができた後、ふとしたことで忘れてかけていた自分の”こころの中の女”に気付いた。女装してみた。言いようのない満足感。落ち着く感覚。「自分はやっぱり女なんだ」と悟った。

「性」という字を分解すると、リッシンべんに生きると書く。へんは心が立った状態。訓読みでは「さが」。
GIDのひとたちの「さが」を探す治療を、今日も続ける。

母なる大地からのエネルギー

箱根山の噴火警報が気象庁から発表された。水蒸気の上がる大涌谷周辺での避難指示報道に、昨夏の御嶽山噴火を思い起こした人も多かろう。わが脳裏に浮かんだのは29年前の伊豆大島の噴火だ。

――昭和61年11月15日。東京都心から120km離れた伊豆大島の三原山が噴煙を上げた。古来、島では信仰の象徴として「御神火(ごじんか)」と呼び習わし、観光にも貢献してきた。しかしこの年の噴火は規模が違った。6日後、カルデラ山腹のあちこちの割れ目からマグマが炎柱を噴き出したのだ。NHK記者の中継で語った言葉が耳に残る。「もうこれは観光のための噴火ではありません!」。
当時、東京新聞社会部にいた僕に取材の命が下った。ヘリコプター上空から噴煙を見て記事にする。島に降り、通信部を拠点に現地取材。噴火は勢いを増し、溶岩流が元町集落に押し寄せる。ゴジラの皮膚のようなマグマ目前まで迫ってのルポ報告も行った。表面が冷えても中心は1000℃の高熱の塊。
島全体が火山床に乗っかっているようなものなので、どこから噴火するのかわからない。その緊迫度は今回の箱根の比ではなかった。全島避難。島民1万人まるごと船で脱出という前代未聞の事態。彼らは1ヶ月、都内体育館などで過ごした。――

箱根山避難指示の記事の隣に地球温暖化の記事が載っていた。
米海洋大気局によると、世界の大気中の二酸化炭素(CO2)濃度が観測史上初めて400ppmを超えた。産業革命以前は280ppmだったとされ、上昇分の半分が1980年以降のものという。専門家は「大気中のCO2濃度上昇を止めるには化石燃料からの排出量を80%減らす必要がある」と指摘する。
化石燃料とは石炭・石油のこと。火力発電に頼らざるを得ない現状ではCO2濃度上昇は避けられないと思われるが、代替エネルギーのひとつに地熱発電がある。火山国のわが国では有力な再生可能エネルギー、ただし開発コストなど課題は残る。すぐにできる対策として、マイカー通勤を週1日のみにし、残り4日は公共交通機関にすれば随分抑えられるが、、、。

伊豆大島に戻った人たちにインタビューしたとき返ってきた言葉は一様に「やっぱりうちがいい」だった。それは、生まれ育った土地以外に住む場所はない、という決意からだけではないように感じた。椿咲く平均気温16度の町が根っから好きなんだ、とでも言わんばかりの表情が読み取れた。
三原山はこれまで約100回の大噴火を起こしたと考えられている。その名は母の子宮をあらわす「御腹(みはら)」に由来する。きょうは母の日。


雪に耐えて梅花麗し

端午の節句にはやはり、青空を泳ぐ鯉のぼりが似合う――世紀のボクシング世界統一戦は”五月の天気”(メイウェザー)が勝ちを収め、ファイトマネー約200億円を獲得したが、鯉[カープ]ときて想いを寄せるのはプロ野球・広島東洋カープの黒田博樹投手(40歳)だ。昨年まで大リーグ・ヤンキースに在籍し好成績を残しながら、本年度20億円の契約提示を断り、「あとどれくらい投げられるかわからないから」と古巣復帰を果たして、ファンからその男気(おとこぎ)を讃えられた。

その大リーグで先日、特記すべき出来事があった。
メリーランド州で警察に拘束された黒人男性の死亡事件に抗議した黒人住民らが暴動を起こした。そのあおりを受け、地元球団オリオールズとホワイトソックスが史上初の無観客試合を行った。抗議デモが放火にまでエスカレートしたための措置で、観客の安全確保が目的。とはいえ、球場スタンドに誰もいない空間での試合は、異様な雰囲気だったに違いない。
黒人大リーガーといえば必ず引き合いに出されるのがジャッキー・ロビンソン(1919-1972)。黒人初の大リーガーとして活躍、後進の黒人選手に道を開いたことで有名だ。背番号42は全球団で永久欠番になっている。
20世紀前半の大リーグは有色人種排除の方針が徹底していて、いくら有能でも彼らは別リーグでの活動を強いられた。そこへバスケットやフットボールも大学時代にこなした万能プレーヤーのJ・ロビンソンが、大リーグ入団を正式に認められたのだった。その陰には、宿泊どころかトイレも別々だった黒人選手の待遇改善を訴えた彼を評価する関係者たちの存在があった。
ここで話は日本の昭和40年代に移る。僕が少年時代もっとも影響を受けた漫画・アニメ『巨人の星』に出てくる黒人選手、アームストロング・オズマのことだ。
梶原一騎お得意の、事実と創作のミックスで生まれたカージナルス(実在球団)の外野手。幼いころ貧しさからパンを盗んだときの運動能力を買われ、同球団に身売りされる。徹底的な科学的訓練を受け「野球ロボット」として成長。日米野球で来日した際の凄腕に目を付けた星一徹の下、中日ドラゴンズで打倒星飛雄馬をめざす設定だ。背番号13。見えないスイングで大リーグボール1号を攻略するが、消える魔球2号を打ち崩せず失意のまま帰米する。
おそらく、オズマのモデルはJ・ロビンソンだと僕は睨(にら)んでいる。名字のアームストロングは当時、アポロ11号で人類史上初の月面着陸を果たしたニール・アームストロング船長から拝借したはずだ。
その後、TVアニメでオズマの消息が放映された。帰国後大リーグで三冠王に輝くが、ベトナム戦争に召集される。周囲の反対を尻目に戦地にむかうオズマ。しかし爆弾の破片が背中に食い込み、それがもとで脊髄損傷、車椅子生活となり、死を迎える。
貧困に耐え、過酷な訓練に耐えたのちも国家に翻弄されたオズマ。それはそのまま、黒人大リーガーの写し絵であり、梶原が原作に込めた差別へのプロテスト[抗議]だったとはいえまいか。

”ベテラン鯉”投手・おとこ黒田の座右の銘は「雪に耐えて梅花麗し」。西郷隆盛が甥に贈った漢詩の一節だ。つらい時期を乗り越えてこその開花と知るべし。野球に関心のない読者にも伝えたかった本日のコラム。


9条の窮状を救うには

68回目の憲法記念日を迎えた。1年前の当欄では、『憲は剣よりも強し』のタイトルで議論を展開した。きょうはその続編。

日本国憲法の三大原則のひとつ、平和主義。それを条文で示したのが第9条。このコラム読者全員が小学生のとき学んだはずだ。

*1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。

法学部時代、あるサークルに入っていた。憲法改悪阻止各界連絡会議、略して憲法会議。実際はその名称ほどお堅い組織ではなく、先輩とよく麻雀卓を囲んだ。もちろん勉強、研究活動もしたが。
目に焼き付いて離れない光景がある。ある日、大学構内で私服警官が吊し上げを喰らった。学生自治会の内偵をしていたのだ。警官を奪還するために機動隊員が大挙して構内に乱入してきた。ジェラルミン盾と警棒ヘルメットに身を固め、数十人が横一列になって押し寄せる。それはまるで津波のような迫力だった。「これが国家権力なのだ」。選挙権を得る前の田舎学生は東京を、国家を肌で感じ取った。

あれから30年以上の月日が過ぎた。当時、憲法改正は議論のための議論と考えていた。自民党の党是が憲法改正であることを知って保守の意味を考えたことを思い出す。それが今や、世論調査で10人に3人が改正必要と答える時世。ただし、それが現実を見据えたうえでの選択とは思えない。9条改正となると、必要と答えた割合は22%、必要なしの38%を下回る(NHK調べ)。しかも2年前は両者同率だったので改正論者は減少傾向と受け取れる。
この1年間に、集団的自衛権の閣議決定、特定秘密法の制定など、為政者にとって改憲へのレールが着々と敷かれつつあるように見える。戦後70年を迎えて、メディアもようやく報道に本腰を入れ始めた。その結果が改憲反対の声につながっているのだろう。
いっぽうで最大多数派なのは、どちらともいえない、と回答する人たちだ。統一地方選での史上最低投票率と併せ考えるなら、国民の政治離れこそが着実にこの国をむしばんでいるといえる。

興味深い”事実”を指摘して本日のコラムを締めたい。昭和42年(1967年)、玩具メーカーが「リカちゃん人形」を発売した。これまでの累計出荷数は5300万個以上で、着せ替え人形の代名詞となっている。
リカちゃんはフランス人父と日本人母を持つ小学5年生の設定。そして誕生日が5月3日(おうし座)なのだ。実際の発売日は7月、なぜ彼女は憲法記念日に生まれたのか?ラーメンに九条ネギを添えて、食べながら考えてみようか、、、。
 
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