2015年03月

月経関連医学研究会~虐待の対応~

春のお彼岸連休、東京・西新宿で月経関連医学研究会があり、新幹線で出かけた。きょうはその報告。
東京慈恵会医大精神科中山和彦教授が世話人代表で、今年で11回目。精神科なのにどうして月経?と思われる方もいるだろう。 
非定型精神病という心の病気がある。統合失調症と躁うつ病の両方の症状が出て、通常の分類に当てはまりにくい 疾患概念なのだが、圧倒的に女性に多く、生理周期に合わせて病状の悪化することがある。
中山先生若かりし頃、この病気の女性と出会い、ライフワークとされたそうだ。同医大産婦人科の落合和徳教授と共に研究臨床に没頭した。僕自身、小児科と心療内科の揃ったマタニティ病院で働いていた時期に研究会の存在を知り、参加し続けてきた。
毎年、月経の仕組みと心の在りようにつながる講演や症例発表がある。今年は国際ウィメンズメンタルヘルス学会日本開催と重なり、「虐待」がテーマとなった。月経と虐待がどう関係するのかも興味深いところだが、幼少時に虐待歴があると月経不順に陥りやすいという研究がある。
冒頭、心的外傷後トラウマ障害(PTSD)を専門とする医師による解説があった。
怪我をすれば自然にかさぶたができて傷が修復されるように、人の心にも自然回復力がある。ある調査によると、3次救急患者の3割がうつ病や不安障害、PTSDになる。これら精神疾患の有病率と比べて高い数字だが、見方を変えれば、7割は放っておいても良くなる、ともいえる。
しかし、いったんPTSDになると事件の記憶が歪んでしまい、自分自身を冷静に保つことが出来なくなる。淡々と過去を振り返る様子から周囲には普通と思える時期があるが、それは茫然自失状態で心に鍵がかかった結果に過ぎない。なので、何らかのきっかけでつらい記憶がフラッシュバックすると、感情が暴発してコントロールできなくなる。破壊された記憶の断片を丁寧につなぎ合わせる治療が求められるゆえんだ。
PTSDになる率は男女ともに同じだが、その理由が異なる。国際比較では男性は戦争、女性はレイプ被害者が際立つ。わが国でも家庭内暴力(DV)や性的暴力で苦しむ女性がいる。問題の性質上報告されない例も多いはずとシンポジウムで発表した産婦人科医は強調した。10歳以下や60歳以上の例もある。
こうしたケースをどう救ったらよいのか?続いて登壇した精神科医2人は、DV被害母子の治療として、親子相互の交流を図る治療法(PCIT)を推奨した。
日本でもまだ専門組織が立ち上がって4年目の新しい療法。基本は2段階の交流技法で、最初は子ども主体のやり取りを続ける。子どもをほめ、繰り返す。質問や指示は禁物。この段階を経てから親主導の躾(しつけ)に入っていく。その際必ずアセスメントで評価し、現状把握を忘れないことという。PCITで劇的によくなった5歳の男の子の例が報告された。2歳のときはDVシェルターも出所せざるを得なかった症状が改善し、今はにこにこと母との遊びを楽しむという。
最後に、オランダから来日した国際ストレストラウマ学会会長のミランダ・オルフ女史が妊娠とトラウマについて講演されたが、これは別途報告をしたい。

今年は思いのほか重いテーマの月経関連医学研究会となった。新宿での開催は多分最初で最後だろうが、旧世代のむすび院長は藤圭子のデビュー曲『新宿の女』(石坂まさを・みずの稔作詞、石坂まさを作曲)を思い出していた。
♪私が男に なれたなら 私は女を捨てないわ、、、私を見捨てた 人なのに バカだな バカだな だまされちゃって♪
待ち時間に会場ホテル隣の東京都庁に出向いた。45階の無料展望室に上った。春霞に隠れて、富士山は望めなかった。


良き眠りのために

春眠暁を覚えず。とは云うものの、現実には寝られないと訴える患者さんが多い。きょう3月18日は世界睡眠デー。
日本人の睡眠時間は年々減少している。これに呼応して不眠に悩む人も増加し、いまや5人に1人が不眠症の時代。これには社会生活の変化が大きく関わっている。スマホやインターネットで夜更かしが常態化し、お腹がすけば24時間コンビニが待っている。

当コラム読者に是非とも覚えておいてほしいのは、眠れないからといって、すぐ睡眠薬をかかりつけ医に頼まないことだ。当院には不眠で他院から紹介されたり、みずから来院される方があるが、ベンゾジアゼピン(BZ)系と呼ばれる睡眠薬を処方されていることが大半。ここに”落とし穴”が隠れている。
内科外来など専門治療に忙しい実情を知る立場としては、「眠れません」と言われ「ではおクスリを」という展開はわかるが、やはり問題が潜んでいる。各科の先生方には処方箋を書く前に睡眠日誌を患者さんに記入してもらい、睡眠衛生指導をしていただくよう求めたい。BZ系は昔の睡眠薬に比べると安全で効果も高い反面、欠点もあるからだ。
BZ系薬の薬理作用の中心は①抗不安作用②筋弛緩作用のふたつ。気持ちを静めて眠りに入りやすくなるが、高齢者や呼吸器疾患を持つ人には負担となる。夜間トイレに起きてふらつき転倒。前向性健忘のために、翌朝覚えていない、ということもありうるし、こうした経験で睡眠薬恐怖症に陥る人もいる。上手に使えば効果的なBZ系だけに留意すべき点だ。
筋弛緩作用の少ないタイプの睡眠薬(ゾルピデム)も出ており、うまく使い分けたい。ただし、別の問題点として依存形成がある。要は「止められない」ということ。この点を心配される患者さんは多いが、徐々に減らしていく医師の指導を守れば、きちんと止められる筈だ。一時的にほかのタイプのくすり(抗うつ薬など)を併用することもあるので覚えておいてほしい。
かなりの患者さんが勘違いしていることを2点、指摘しておきたい。
ひとつは「睡眠薬」(睡眠導入剤と同義)と「安定剤」を別種のクスリと思い込んでおられる方が多いことだ。
安定剤には2種類あり、メジャートランキライザーとマイナートランキライザーに分かれる。このうち「マイナー」はBZ系そのものだ。正式には「抗不安薬」といい、その中で睡眠作用の強いタイプを「睡眠薬」と呼んでいる。デパスが不安なときにも不眠にも、さらには肩こりにも使われるのは、そういった背景があるからだ。
もうひとつは「夢を見るので、眠れていません」と訴える方の多いこと。夢はREM睡眠という時期に見る。REMとは眼球急速運動の略で、夢を見ているときに目をこじ開けると、くるくる回っていることから名づけられた。もちろん本人は眠っている。およそ90分に1回の割合で生じる。なので心配は無用だ。悪夢に悩むときは、また別にご相談に応じます。
最近は睡眠のメカニズムも研究が進み、BZ系以外の仕組みによる睡眠導入薬が増えた。
メラトニンという体内時計をコントロールする物質を増やすことで睡眠リズムを整える薬(ラメルテオン)や、睡眠と覚醒に関与する物質オレキシンの受容体に拮抗して睡眠を維持する薬(スボレキサント)など、新薬をうまく組み合わせて治療していくことができる。一番大事なのは、朝同じ時間に起きて太陽を浴びる、などの生活習慣なのだが。

書いているうちに内容が専門的になりすぎたようだ。読んでいるうちに眠くなってきた皆さん、大丈夫、あなたは眠れますよ。Zzzzzz.........

ハナとチョウのお話

朝まだ寒きの感はあるが、弥生三月も半ばを迎え、木々の芽吹きに春を感じる時節となった。きょうは「花と蝶」ではなく、「鼻と腸」のお話。

今年はスギ花粉が昨年の2倍とかで、耳鼻科外来はごった返している様子。心療内科の当院でも抗アレルギー薬を求める患者さんが目立つ。いったいどこから湧き出てくるのか?というほどの洟(はな)と涙でうるうるの方もおられ、漢方薬を処方したり、ヨーグルトを勧めたり。
アレルギー(Allergy) とはギリシャ語で、生体の抵抗力(=免疫反応)が有害反応に変わってしまうことをいう。花粉という本来害のないはずの物質に過剰な反応を示して排除しようとする結果があのズルズルだ。抗原抗体反応といい、花粉以外では蕎麦や小麦など食物の場合が典型。アナフィラキシーといって命に関わることもあるので油断は禁物だ。免疫反応の標的が自分の臓器に向かうと膠原病(自己免疫疾患)になる。
我が国のアレルギー疾患患者数は増加の一途をたどっている。文部科学省によると、2002年までの10年間で小学生のアレルギー鼻炎は30%増加、成人の気管支喘息は倍増した。歌手のテレサ・テンさんも喘息で亡くなっている。
ここで勘のはたらく読者諸氏はこう訝(いぶか)しむのではないか。昔と比べて大気汚染など公害は減っているはずなのに、喘息が増えているのはなぜ?じっさい東京都心から富士山を眺望できる年間日数は増加している。高度成長時代と比べ、自然環境は改善しているのだ。
有力な仮説を提唱しているのが東京医科歯科大名誉教授の藤田紘一郎さんだ。”回虫博士”として知られた寄生虫学者の訴える高説が、一番真実に近いと思う。(『アレルギーの9割は腸で治る』だいわ文庫)
藤田名誉教授によると、日本で最初にスギ花粉症が発見されたのは1963年。藤田先生の先輩医師が栃木県日光市の例を報告した。有名な日光スギ2万4千本が植えられたは17世紀の江戸時代。つまり、先人はずっとスギ花粉を吸っていたのに発症しなかったわけだ。興味深いことに、アレルギー疾患の増加と反比例して減少しているのが寄生虫疾患と結核。清潔志向が高まる時期に一致する。きれいになりすぎたため、本来なら細菌や寄生虫などに向かう免疫機構に狂いが生じ、花粉がアレルゲン(抗原)に成り代わってしまったというのだ。
僕の子どものころは原っぱに肥溜めがあり、誤って足を突っ込もうものなら大変だった。小学生のとき、便所で大きい方をしたのがわかるといたずらっ子からはやしたてられた。「バイキン!」。いまや、毎春恒例だった蟯(ぎょう)虫検査も中止となった。保有者率がゼロに近づいたからだという。あの糊つき青セロファンを起きがけに肛門に押し当てる”ポキール”は過去の出来事、、、。
と思っていたら、最近マスメディアで繰り返し取り上げられるのが”腸内フローラ”だ。
ヒトの腸内には数百種類100兆個もの細菌の集団が住みつき、まるでお花畑(フローラ)のように叢(くさむら)をなしている。その構成は人それぞれで、それによってある種のビタミンを産生したり、生体を疾患から守ってくれている。善玉菌・悪玉菌ならご存知の方も多いだろう。最新医学の研究成果では、この腸内細菌叢が肥満や糖尿病、はてはうつ病までも関係するというのだ。
古来、日本人はこころの座を「肚=はら」にあると見なしてきた。「肚が据わった人」「肚を決める」、、。きょうだいのことを古語で「はらから」という。文字通り、同じ母から生まれた同胞。
日本列島改造論時代の昭和47年、へそ出しルックで一世を風靡した歌手山本リンダさんの流行歌『どうにもとまらない』(阿久悠作詞、都倉俊一作曲)にはこうあった。「♪あゝ蝶になる あゝ花になる 恋した夜はあなたしだいなの あゝ今夜だけ あゝ今夜だけ もう どうにも とまらない♪」。
アレルギーにお悩みの皆さん。どうにも止まらない鼻水をすすりながら、きょうの「鼻と腸」の話を思い出してくださいネ。

逃げるのか、留まるのか

「あの日」もまた、雪が舞っていた――東日本大震災から4年。千年にいちどの揺れが2万2千の命を奪った記憶は、いつまでも「あの日」と地続きだ。自然の猛威からは逃れられないと感じつつ、思うところを綴る。

2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0の巨大地震が宮城県沖130㎞の海底で発生した。太平洋、北アメリカ両プレート境界のひずみエネルギーが津波を引き起こした。最大海抜40mを超える場所まで津波が押し寄せ、すべてを流し去った。南三陸町の防災無線で「高台に避難してください」と繰り返し呼びかけ、自らは津波に巻き込まれた遠藤未希さん(当時24歳)の声が、ときおり幻聴のようにリフレインする。
三陸地方では昔から大地震による津波が繰り返し発生してきた。その被害から逃れる合言葉が“津波てんでんこ”だ。てんでんこ(=各自それぞれ)という方言が元で、大津波が来たら周りをかまっている余裕は無く、まず自分が率先して高台に逃げなさいという先人からの言い伝えを表した言葉。それを今回の大震災で実践したのが岩手県釜石市の小中学生たち。避難指定施設も危ないと感じた子どもたちの自主判断で、さらに高台に移動して難を逃れた。
抵抗しようのない障壁から「逃げること」の大切さを示した東北大震災。その対極にあるのが今からちょうど70年前に起きた東京大空襲だ。
昭和20年3月10日未明、米軍B-29大群機による下町への無差別爆撃。死者10万人、罹災者100万人の惨劇を生み出したのは、強風の時季を選び、クラスター焼夷弾で木造家屋を燃やして被害拡大を狙ったアメリカの戦略ゆえだが、それに手を貸したのが大本営の国民への指示だった。国家総動員法統制下、臣民の責務として隣組が組織され、空襲火災対応策にバケツリレーを奨励した。油脂の詰まる焼夷弾を手水で消そうとしたことが文字通り「火に油を注ぐ」結果となり、被害はさらに甚大化したといわれる。
紅蓮(ぐれん)の炎を前に逃げなかった(逃げられなかった)住民の心はどんなだったのか?

心身医学の礎(いしずえ)を築いた生理学者にウォルター・キャノン(1871-1945)がいる。生命体は自律神経系や内分泌系を介して環境を一定に保とうとする働きがある(ホメオスタシス)。とくに動物が敵と出会う時、自律神経のうち緊張を司る交感神経が活性化する。そして、相手と「闘うか逃げるか(Fight or Flight)反応」を示すと唱えた。
いじめっ子に出会った時にどう立ち向かうか? 上司のパワハラへの対応は?――日常生活のあらゆる場面でヒトを含めた動物が示す反応は、すべてこのファイトオアフライト反応をベースとしている。その際ほかの動物なら、ほぼ本能にプログラムされた通りに応答するのだが、人間だけは大脳皮質という”過剰な中枢”を進化させたせいで、余分な知識に基づく経験が邪魔をする。
「いま焼夷弾を放っておいたら後でなんと指弾されるか、、」 vs 「火の粉を消すより自分の命あっての物種、、」

人間というのは、津波てんでんこという知恵をとおして生き延びることもできる一方、隣組のしがらみで命を落とすこともあるややこしい生き物だ。逃げるのか、留まるのか?答えは逃げ水のように近くて遠いところにある。

合いの手の達人

すっかり春めいた日曜、とある精神分析ゼミナールがあり、参加した。医療関係者向けのため、プライバシーに配慮し、事実変更しての報告となるが、本質はぜひ患者さんや関係者に伝えたい内容だったので、コラムに残しておきたい。

K先生は精神医療の泰斗として長く臨床に携わってこられた。著作も多く、精神科医なら必ず知っている著名人。その治療技法は”雑談精神療法”といわれ、診療の対話から癒されていく患者さんも多いと聞く。その名人芸の一端を垣間見たいと思い、会場に足を運んだ。
ゼミナールは定期開催されている勉強会で、別の精神科医が症例を2時間余にわたって発表、それを先生が随時コメントしていく形式だ。
症例は離人症の女性A子さん(19歳)。離人症は幽体離脱とは関係なく、自分が外界と隔絶されたような現実感の喪失を感じる精神医学的症状。現実を吟味する能力までは損なわれないが、その違和感に患者さんが苦悩する。背景に神経症から精神病まで、さまざまな<こころ/脳>の問題が潜んでいる。
医師、心理士らの聴衆を前にして冒頭、K先生が言及したのはA子さんのことではなく、発表するB先生の声質だった。「いいですねえ。全身を使って出している」。つねづね、治療の”三大神器”として歌を挙げているむすび院長としては、わが意を得たりというコメントだった。俳優の石坂浩二さんは、芸能界で生き残るためにボイス・トレーニングを積んで、あの低音を作り出したそうだ。
以前勤めた精神科病院で、「臨床の現場では何を話すかではなく、どう話すかが大事」と先輩医師から教わったことはずっと耳に残っている。日常生活でも、同じ内容の忠告を「あんたからは言われたくないわ!」という場面はきっとあるだろう。
K先生は発表者のほんのちょっとした表現も聞き逃さない。「A子さんは子供のころ厳格な母親から叱られるかと思うと寝るのが怖かった」とB先生が言葉を発するや否や「叱られるのが怖くて寝られなかったのか、叱られると『思う』と、怖くなったのかの違いを確認してください」と注文を付けた。もし後者だとすると、彼女は幼少時既に思考する能力がしっかりあったことになり、現在の病状と齟齬が生じるからだ。B先生は、前者だったと思いますと述べられた。うーん、言葉のプロ。
K先生はこうも言われた。「言語構造は精神構造を反映します」。ナルホド。そのいっぽう面接で沈黙が続いたとき、患者さんの生理的反応にも気を配ることの重要性を語られた。「筋肉の具合で緊張がわかります。とくに口角筋のあたり」。心身医学では心と体の関係をつねに見据える。当然かつ大切な指摘と感じ入った。
そうこうするうちに時間はあっという間に過ぎた。カウンセリングの奥深さ、難しさも改めて感じた半日だった。
ピスタチオをちびちびかじりながらK先生は助言された。(ひょっとすると、豆かじりも道具立てのひとつ?)。その姿は、餅つきで杵を振りかざし奮闘する夫にひょいひょいと手返しをする古女房のような印象を受けた。気がつくといつのまにか餅が搗(つ)き上がっている。これぞ達人のわざ、なのだろう。
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