今月から極めて重要な法律が施行された。「過労死等防止対策推進法」(過労死防止法)。過労死は「Karoshi」としてオックスフォード英語辞典にも載るほどの、世界にとどろく不名誉な言葉だ。その内実は心療内科臨床に携わる身には痛いほど理解できる。本日はその一端をお伝えしよう。

かつて労災といえば、炭鉱での落盤に代表されるように、事故が大半を占める時代があった。それが高度経済成長を経て、成人病(=現在の生活習慣病)に比重が移り、いまやメンタルヘルス関連疾患が”猛威”を振るっている。たとえば脳・心臓疾患を原因とする過労死は、1999年と2012年を比べると、493件から842件まで増加。いっぽう同じ期間で、精神障害などを原因とする過労自殺は155件から1257件へと跳ね上がった。毎年3万人近い自殺者の内訳は働き盛りの男性が多く、その影響は家族も巻き込んで計り知れない。

Aさんは42歳の男性。ある中堅食品会社の人事担当。課長補佐という立場は微妙で、こまごまとした事務作業をこなすのはもちろん、上司の指示を適宜判断し、サポートしなければならない。最近は入社1年目で辞める社員が増え、人員補充が思うに任せず、情報収集に翻弄された結果、この夏の残業は3か月続けて90時間を超えた。
労働安全衛生法では時間外労働が100時間を超えた場合、医師との面談が義務付けられている。Aさんの会社にはメンタル担当産業医がおらず、疲れ果てた顔つきで一宮むすび心療内科を訪れた。
僕の診断は「反応性うつ病」。まず1カ月休むことを勧めたが、とてもそんな勤務状況ではないとAさんは受け入れなかった。やむを得ない。抗うつ薬、睡眠導入剤の処方とともに、こんな診断書を書いた。
「上記疾患のため病状悪化、当分の間、時間外就労は不可とします、、、」。診断書に拘束力はないと言えばないが、もし患者さんが過労で倒れた場合、訴訟も考えられる。そのさいに診断書は裁判で証拠採用される。
昨今は就業規則もなければ、サービス残業は当たり前、上司からのパワハラに悩んで受診といったケースも増えてきた。”ブラック企業”というやつだが、ただ「黒」とレッテルを張るだけでは埒が明かない。
さいわいAさんの場合は会社側が配慮してくれ、しばらくして、Aさんは夜間何回も目覚めることがなくなった。表情にも生気が出てきて、休職せずに勤務を続けている。

過労死防止法の眼目は、過労死・過労自殺を防ぐことを国の責務と明確化した点にある。インターネットニュースで「ウサギ小屋に住む日本人がまたKaroshi」などと報道されないためにも、この法のもつ意味は大きい。

各地で木枯らしが吹き、日本列島は冬支度に入る。労働者の心にすきま風が入り込むのを少しでも防ぐのがわれらの仕事と心得ながら、タンス奥のコートを取り出した。