映画の日に菅原文太さん(享年81歳)の訃報が飛び込んだ、高倉健さん(同83歳)に続き、昭和を代表する映画スターが退場してしまった。菅原さんは東映の「仁義なき戦い」シリーズで名を馳せ、「トラック野郎」では主人公・星桃次郎を演じた。はまり役で銀幕を沸かした菅原さんに惚れ込み、トラック運転手になった患者さんが当院で通院を続けている。病気は「パニック障害」。きょうはその話をしよう。

パニック、と聞いて大半が思い浮かべるのは、災害時での群集心理だろうか?慌てふためき、不安が押し寄せ混乱、ひどいと泣き叫ぶ、、。これに対しパニック障害(PD;Panic Disorder) は、緊急時でなくとも、ある状況下で同様の症状が生じる精神疾患だ。たいていは逃れられない状況(たとえば特急列車に乗ったときや美容院でパーマをかけるとき、映画館で真ん中の座席にすわったとき、、)で生じる。いっぽう夜中に突然起きることもある。このパニック発作を繰り返し、また起きるのではという「予期不安」から生活に支障をきたす状態が続いたときにPDと診断される。
突然の動悸、冷や汗、めまい、しびれ。窒息しそうになり、死ぬのではないかという恐怖感で救急車を呼ぶことも稀ではない。ところが病院で検査しても異常なし。この病気に理解のない担当医にかかると「気のせいですよ」「ストレスですね」で帰されることになる。
なかには過換気症候群(HV;Hyper Ventilation)と混同する医師もいる。HVはたとえばコンサート会場で興奮絶叫した女性が息を吐き過ぎて、血液中の炭酸ガス濃度が下がってアルカリ性に傾き、体がしびれ意識が遠のく状態。パニック発作はHVをきっかけに起きることもあるが、別の病態だ。
この病気はかなりポピュラーでおよそ20人に1人が経験する。男女差はあまりなく、好発年齢は10代後半から30代後半。真の原因はうつ病同様解明途上だが、うつ病と併発することも多い。その理由は以下のようだ。
ヒトの脳は大きく3つの階層にわかれ、真ん中に位置するのが辺縁系と呼ばれる記憶や感情を司る部位だ。呼吸、体温などの生命中枢である脳幹と、理性や知能を受け持つ大脳皮質を結びつけるのが辺縁系なのだ。パニック障害(PD)やうつ病患者ではここの働きが落ちている。とくにPDでは回路が過敏になっており、言ってみれば誤作動しやすい火災報知機のようなもので、本来なら無害なはずの刺激に過剰反応してしまう。一度起きると繰り返す傾向がある。
治療は程度によって異なるが、管理困難な例ではSSRIといううつ病に使う薬を飲み、認知行動療法を併用する。

月栗三郎さん(43歳)は子供のころからの車好き。思春期に文太兄ぃの「トラック野郎」シリーズを観て感激し、学校を出て大型免許を取得、晴れてトラック運転手の仕事に就いた。
ところが5年前の雨の日。いつものように東名阪道を運転中、トンネルに入ったところで得体のしれない不安感に襲われた。「闇の中に入り込んでしまうような怖さ」を体験。その場は何とか切り抜けたが、以後断続的に、とくに天気の悪い日や夜は自動車専用道路を走れなくなってしまった。一般道なら何とかだが、時間がかかり、仕事に支障をきたす。内科で診てもらっても異常はなく、安定剤を処方されたが、発作はあまり減らない。――というわけで一宮むすび心療内科受診と相成った。
前述の治療を始め3か月で症状はある程度落ち着いてきた。まだ予期不安はあるが、発作の起きたトンネルを走れるほどまで回復した。目標は症状ゼロではなく、仕事が支障なくできる事。日常生活を普通に送ることだ。

映画での派手な立ち回りと違い、文太さんの素顔は物静かで優しいひとだったという。晩年は山梨で有機農法に取り組み、東日本大震災後は脱原発を表明。集団的自衛権にも反対していた。おそらくパニック発作は経験していなかったのだろうが、患う人々には理解と共感を示してくれたことだろう。