今年も12分の11が過ぎた。明日からは師も走り出すせわしない年の瀬。きょうが命日の忘れられない医療ジャーナリストについて書きたい。ノーマン・カズンズ氏(1925-1990・米国出身)。キーワードは笑いと治癒力。

毎週日曜夕方のテレビチャンネルは、我が家では固定されている。6時からのフジ系列(ちびまる子ちゃん→サザエさん)なのだが、”サザエさん症候群”なる言い方がある。あの、♪おさかな くわえた ドラネコ~♪ のメロディを聴くと落ち込む勤め人を指した言葉だ。
医学的には「パブロフの犬」の条件反射と呼ぶ。診察でしょっちゅう説明するので、ご存じない方のために解説しておこう。
実験で犬にエサをやると同時にベルを鳴らす。これを繰り返すと、エサをやらずにベルを鳴らすだけで、よだれを流すことがわかっている。エサとベルという本来無関係な刺激が脳内で結びつき、体が覚え込んだ(学習と呼ぶ)ために起こる。仕事に悩むサラリーマンにとっては、サザエさんの主題歌が件(くだん)の犬のベルと同じ役割を果たしているわけだ。ロシアの生理学者イワン・パブロフ(1849-1936)はこの研究でノーベル医学・生理学賞を受賞している。
この憂鬱をあらかじめ遮ってくれる”処方箋”をお教えしよう。チャンネルを「1」(東海テレビ)でなく、5時半からは「4」(中京テレビ)にしておくこと。昭和41年から続く長寿番組『笑点』が”内服薬”だ。とくに後半の大喜利は、三波伸介司会のころからのファン。毎回時季に合ったテーマ3つに対し、レギュラー落語家6人が珍答名答を繰り広げる。残念なことに三波さんやひいきだった三遊亭小圓遊さんは早逝したが、林家木久蔵改め木久扇がボケキャラで「いやん、ばっかぁ~」とやると、思わず笑い声を上げてしまう。
話が脱線したと思われる方、ちゃんと戻します。(ちなみに三波伸介は ”てんぷくトリオ”だったっけ)

僕が、医学生の頃、関心のあったのが自然治癒力だ。口内炎によく悩まされていたのは、漢方コラムで書いたとおりだが、日にちが経つと治る。しかし、もし指を切り落としたら形成外科医に手術してもらわないとくっつかないだろう。トカゲは尻尾を切られてもまた生えてくるのに、考えればかなり不思議なことなのだ。
そんなころ出会った本がノーマン・カズンズ著『笑いと治癒力』(岩波現代文庫)。
膠原病に冒された著者は、笑いとビタミンC大量療法で治癒したという。彼はオカルトや魔術に頼ったのではない。 冷徹なジャーナリストの目を持って医療関係者に取材し、主治医の了解を取ったうえで代替療法を選択した。一番の根拠は、笑うと前頭葉機能が賦活され、免疫系に変化が生じるため、治癒に向かうというのだ。
膠原病は、免疫機構が自分自身の臓器を外部からの異物と誤認識して攻撃する病気なので、その仮説は理に適っているといえる。そのころ知り合いの医者から、癌患者がモンブラン登山をすることで免疫力を回復させようとする話を聴いたばかりだったので、余計こころに残っている。

心療内科を訪れる患者さんにも、免疫力低下と思(おぼ)しき人が多い。うつ状態の長く続く患者さんは、たいてい身体症状を2つ3つは抱えている。それが、あるとき劇的に変わることもある。たいていは、診察で笑顔が出る時期だ。以前どこかで聞いた言葉。「悲しいから泣くんじゃない。泣くから悲しいんだ」。認知行動療法の本質をひとことで表現すると、そういうことになる。
僕は密かに、治癒の源泉となる”三種の神器”を唱えている。歌、笑い、そして祈り。(これらについては今後、当コラムで触れていく)。

今回ノーマン・カズンズについて調べ、改めて知った事実がある。彼は、広島名誉市民なのだ。原爆投下4年後のヒロシマを取材し、被曝した牧師・谷本清さんと原爆投下機[エノラ・ゲイ号]副機長を米国で対面させた。その結果、25人の「原爆乙女」がニューヨークで治療を受けることになった。
65歳で没したカズンズ師の衣鉢を継げるような医師を目指して、スマイル訓練をしていこうと想う。