スポーツの秋とくれば、お次は食欲の秋。きょう10月16日は「世界食料デー」。1981年、国連の食糧農業機関(FAO)が「すべての人に食料を」を合言葉に制定した。毎年、世界各地でフェスティバルなどが催される。今年は「家族農業:人々を養い、地球にやさしく」をテーマに、小規模農業の役割に注目したイベントが繰り広げられている。

農林水産省のデータによると、日本の食料自給率はカロリーベースで39%(2010年)と先進国中で最低だ。米国(123%)、フランス(173%)などと比べれば一目瞭然。島国という似た環境の英国でも69%(各国数字はいずれも2005年)。この比較は飼料の計算方法など議論の余地はあるにせよ、日本人の7割がこの数字に危機感を持っていることは留意すべきだろう。
そのなかでも近年とくに注目されているのが廃棄食材の問題。年間900万トンの食料が捨てられている。ある研究では生ごみの可食部分は4割近くに上り、11%が買った状態での廃棄で、その6割が賞味期限前のものという。スーパーで手にした賞味期限近くのヨーグルトを陳列棚に戻してしまうことのある身としては、こころ痛い問題だ。

心療内科で多い患者さんの病気に摂食障害がある。世間では「拒食症」「過食症」として知られている。この表現だと、自分の”意志”で食べなかったり、食べ過ぎたりという印象を持たれがちだが、そうではない。拒食の女性(男性の10倍以上)はむしろ、食べたくてしょうがない部分を抱えている。拒食の背景にある心の問題のために体にストップをかけようとするが、そこで無理が生じるのだ。
医学的にいうと、大脳皮質、とりわけ前頭前野が辺縁系・視床下部に指令を送る。だが、それは虚しい努力となる。なぜなら、ひとは理性より感情や習慣のほうが強制力が大きいからだ。周囲の方に理解してほしいのは、彼女たちは好きでこの病気になったのではないということ。最近は出産後に過食に陥る女性も増えている。
治療は長期間にわたる。往々にして、拒食から過食に転じるのも上記の理由から。だから、家族にお願いしたい。食べない娘に「食べろ!」と言わないでほしい。過食してはもどす妻に「吐くな!」と命じないでほしい。彼女たちに覆いかぶさるのは、心と体の関係がよじれた結果としての食行動異常だ。
必要なのは、寄り添うこと。だまって、彼女たちの声なき声に耳を傾けること。そして、食行動異常の背景にある”なにか”を掴むこと。難しい作業だが。

摂食障害で苦しんだ八瀬野良子さん(23歳)のことを書こう。
身長160㎝、体重28㎏。命に関わる状態で僕の勤める病院に連れてこられた。詳細は省くが、入院を含め懸命の治療をして体重35㎏まで戻したものの、過食嘔吐も目立ち、そこから先は進まない。治療から1年以上経ち、家族関係は緊迫し精神的にも不安定な日々が続いた。
そんなころ、八瀬さんの祖母との関係は悪くなく、祖母は畑をやっていた。僕は彼女に”宿題”を出した。「おばあちゃんの畑を手伝うこと」。結果は上々だった。体重こそほとんど変わらなかったものの、八瀬さんの表情に生気が甦ってきた。彼女は言った。「土に触れることで、私は生かされてるんだなあって実感した。今までの自分の悩みがちっぽけに見えたら良くなった」。

過食の治療の一つに食べた物を列記したり、コンビニのレシートを張り付けたノートでの会話(認知行動療法という)がある。最近、僕が考えているのは、”食料廃棄率”(口にした分のどれだけを嘔吐、下剤で排出したか)の計算の導入だ。自分の過食の内容をきちんと振り返ることで、わが国の食料事情を憂える日本人のように、自分を見つめ直してもらおうという算段である。

秋の語源の一つに、穀物の収穫が「飽き(あき)満ちる」からくるという説があるそうだ。飽くことのない食欲との闘い。冬が来る前の重いテーマ。