お盆の新聞紙面を賑わしたのが2件の偽装事件だった。三重の米穀販売会社「三瀧商事」が、中国産米を混ぜた精米を国産米と銘打って流通させた虚偽表示。混入率はリーマンショック後に2割から4割にアップした疑い。
もうひとつは、しゃぶしゃぶ日本料理チェーン「木曽路」の3店舗で、松阪牛・佐賀牛のブランド表示をしながら実際は安い和牛肉を提供した羊頭狗肉ならぬ”牛頭牛肉”事件。どちらも利益を出すためで、動機は明瞭だ。

精神科領域にも”うそ”に関連した疾患がある。
「虚偽性障害」。知らない人にはすごい病名だろう。こちらはしかし、動機ははっきりしているとは言い難い。学校や会社を休みたくって、ハライタなんか起こすやつだろ、ぐらいに思っている人には、このさい認識を変えていただきたい。そういうのは「詐病」と称し、区別している。違いは、後者には明らかな動機があること(試験をさぼってスルーする、傷病手当をもらってトクをするなど)。
では、改めて虚偽性障害について。これは、心身の不調を訴え実際に発熱や怪我など身体症候を認めるのだが、身体的検索では理由が見つからず、精神的不和から本人がその原因を作り出している場合である。たとえば、炎天下で毛布にくるまって熱中症になったり、自ら刃物で傷つけたり。
そら、自分でやってんじゃん!と決めつけないでほしい。彼らにとってその行為で得られる明確な利益はないのだ。重篤な場合をミュンヒハウゼン症候群と呼ぶ。以前、自分の幼子(おさなご)の点滴に汚水を混ぜた母親がいて世間を騒然とさせた(この場合は代理)。では、なぜ、、、。そこからが心の闇との闘いとなる。

もう15年前のこと。20代の美容師が下痢と腹痛、発熱を主訴に救急受診した。氏名は仁瀬さつきさん。(姓は仮名)。総合病院だったので最初は外科に回された。虫垂炎を疑われたからだ。しかし、結果はシロ。下痢を1日数十回も訴え、40℃の熱だったので入院し、僕の同期が診たが、わからない。これ、プシコ(精神科の隠語)だよね?と僕に紹介された。
彼女は本当の親は知らない。生後間もなく捨て子で見つかり、養護院から里子に出された。拾われたのが5月だったから名前は「さつき」。それを知るまでに数回の診察を要した。
発熱はすぐに治まった。しかし、下痢は本当だ、と譲らない。下剤を使っていると感じたが、断固否定された。
心身症にはストレスから下痢を繰り返す過敏性腸症候群という疾患がある。ただ彼女の場合、その”度”を越していた。
やはり、家族にアプローチするしかない。ベテラン心理士とペアを組み、彼が母親、僕が仁瀬さんをカウンセリングする方針を立てた。定期的に家族同席の療法を行った。薬は気休めのつもりだったが、時が経つにつれ、ある程度は効いた。家族面談のとき、父親が隠し録音機を回しているのに気付いたが、指摘しなかった。親は、仁瀬さんが上司の勧めでダイエット食品を摂って激ヤセしてからこうなったので、訴訟も辞さないと息巻いている。本人は止めてと言えず、膠着状態が続いた。
そして4年が過ぎ、僕が転勤となったとき、彼女は最初「ついていく」と言ったが、結局は些細な事情(地理的な問題など)で受診は途絶えた。その後は連絡がない。

思い出すことがある。治療開始してしばらく経ち入院治療をしたことがあった。病状が悪化したのだ。外来継続か悩んだ末の結論だった。彼女がこちらに依存しようとしていることはわかっていたから。そのとき同時入院していた、似た病気の女性(Kさん)について言われた。「先生はKさんのことを”ひいき”してますよね」。ハタと思い当たった。仁瀬さんには三つ上の姉がいるのだ。

虚偽性障害の患者には虐待歴が多い、という研究もある。心の闇の先行きが見えないことがほとんどだ。それでも芥川の言葉を杖に歩いていくしかない。「私は知っている。うそでしか語れない真実があるということを」(侏儒の言葉)