航空機事故が多い季節は冬から春にかけてで、3月が統計上のピーク。だが僕にとっては違う。1985年の日航ジャンボ機事故とともに忘れられないのが、その4年前の昭和56年8月22日に起きた台湾・遠東航空機墜落事故。犠牲者110人の乗客名簿に、脚本家・作家、向田邦子さんの名があった(享年51歳)。

活字中毒人間(漫画を含む)の常として、ある文筆家が気に入ると集中して著作に没頭するクセがある。
小中高時代には梶原一騎(敬称略、以下同様)と星新一、安部公房、大学では井上ひさしに栗本慎一郎、社会人以降は芥川、太宰、安吾に小林秀雄、今は養老孟司や池田清彦、福岡伸一、内田樹といった面々。
こうやって並べるとすべて男だが、唯一の例外がいる。それが向田邦子(むこうだ くにこ)だった。

後に知るが、向田作品とは小学校の時に出会っていた。
「女将さーん、時間ですよー」とマチャアキこと堺正章が叫んで始まる、街の銭湯が舞台のTVホームドラマ『時間ですよ』。彼女は途中から脚本を担当した。当時はそれを知るよしもなく、こちらは女風呂の入浴場面や、ドラマデビューした天地真理、浅田美代子見たさにチャンネルを回していた。
余談だが、マチャアキの歌う挿入歌「街の灯り」(阿久悠作詞、浜圭介作曲)は隠れた名曲。ぜひ聴かれたし。
そして、『寺内貫太郎一家』全脚本。
東京・谷中で石材店を営む頑固親父を中心に下町人情話が展開する。名演出家、久世光彦(くぜ てるひこ)とのコンビが残した傑作ドラマだ。視聴者なら必ず記憶に残っているあの、小林亜星扮する貫太郎が百キロの巨漢を利用して、息子周平役の西城秀樹を投げ飛ばすシーンは圧巻だった(実際にヒデキは肘を脱臼した)。
もちろん単なるドタバタコメディーではない。梶芽衣子演じる長女静江は幼少時、家業の墓石で怪我をして足を引きずる設定になっている。その静江が弟周平の大学入試合格発表の日、びっこの捨て犬を拾ってきた。
姉の足が悪いのは自分が原因と思い込む周平は、その犬と散歩する姉を想像するといたたまれなくなり、犬を捨ててしまう。そこでお決まりの大騒動。
結局、静江の怪我は弟誕生の直前だったことが判り、姉弟は仲直りするのだが、じつはその怪我は貫太郎の不注意がモトだった。しかし、脚本では「父として詫(わ)びの言葉もなし」とある。

実際の向田家はどうだったのか?
邦子の父敏雄は、私生児として育った。刻苦勉励して生命保険会社の支店長に出世し、一男三女をもうけた。第一子の邦子は昭和4年東京生まれ。父の仕事の関係で高松、鹿児島、仙台など転校を繰り返した。まだ男尊女卑の風潮残る戦前の生活。戦後、雑誌編集者から脚本家となり、ひとり暮らしを続けた邦子は、父を癇癪(かんしゃく)持ちだったと書く一方で長女として支え、慕った。その様子は文壇デビューしたエッセイ「父の詫び状」に詳しい。
50歳の時、短編小説集「思い出トランプ」の3編で直木賞を受賞。名コラムニスト山本夏彦に「突然あらわれてほとんど名人」と言わしめ、遅咲きながら将来を嘱望された作家となったが、その翌年帰らぬ人となった。

なぜ、僕は彼女にこうも魅かれるのか?
「向田邦子と昭和の東京」(新潮新書)で川本三郎が分析している。彼女は「ノスタルジーの作家」だと。なにより言葉を大切にした。「時分どき」「持ち重り」「到来物」など死語となりそうな言い回しを重用する。
彼女自身、エッセイでこう書いた。「私は人間の出来が古いのだろう、物の言い方にしても新しいより古いほうが好きである」(夜中の薔薇)。グラスよりコップ、ワインよりぶどう酒。縁側のある家。卓袱(ちゃぶ)台のある暮らし。戦争で思想は反転したが、庶民の日常は一貫して続いた。その「昭和」の生活を描いたのが彼女ということだ。
向田邦子は握り飯のことを、おにぎりではなく、「おむすび」と書いた。実は、一宮むすび心療内科の”いわれ”のひとつは、そこに”ルーツ”があったのだ。
彼女のことでは、まだまだ書き足りないことどもが多い。今後もこのコラムに登場することになると思う。今回の長口舌にお付き合いいただいたみなさんに感謝します。