”竹”から受け継ぐ「一騎ワールド」

梅雨入りし、じめじめとした季節が到来した。梅の実の熟す時季。今日で一宮むすび心療内科開業2ヶ月である。この間、前任地の上林記念病院から移ってきてくれた患者さん、あらたにクリニックの門を叩いてくれた患者さんのことを、思う。初診の方にはお待たせするときもあったが、この先のお付き合いで少しでも良くなってくださるよう工夫していきたい。今回のコラムだが、最近「10年河清を待つ」「天命を待つ」など、待つ話題が多かった。待つ=松→梅(雨)とくれば、次はあいだの”竹”の話だろう。(いつにも増して強引な導入だが、乞御容赦)。

で、竹内聡先生のことである。名古屋でクリニックを開いておられ、愚輩が信頼できる医師のひとり。星ヶ丘マタニティ病院時代は心療内科の先達として教えを乞い、同院の産婦人科・小児科の諸先輩とともに、女性の心身症治療に励んだ。ドラえもんのようなお腹の妊婦さんの隣室で、骨皮筋エモンの摂食障害の女の子を診ていたのは、はた目には綱渡りゲームに見えただろう。しかし、自画自賛を承知で言えば、当人やご家族に安心してもらえる医療を提供できたのは、心理士含めスタッフの努力と、あの病院の懐の深さゆえだったと思う。だから県内の大学病院や総合病院から、お手上げの患者さんが次々と定期的に紹介され、引き受けていたのだ。現在は金子宏先生が心療内科を引き継いで活躍しておられる。
その竹ちゃんマンこと竹内先生が開業してかれこれ10年になる。現在は、達観した修道僧(顔立ちはやや童顔)のごとく、心身相関を基盤とした心身医療の正道を歩んでいるように見える。心身相関とは、心と体は脳というハードウェアを介して密接につながっており、その多面的・総合的アプローチなしには「なおる」ことは難しいという考え方である。心身医学は英語でbio-psycho-social  medicineと表現する。当然、僕もそれに沿って、日々の治療を進めている。将来的には、脳波を定量測定して患者さんの病態をとらえ治療するニューロフィードバックなども取り入れられたらと考えている。

竹内先生はホームページのなかで、「人生に必要なことはすべて梶原一騎から学んだ」というコラムを書いていた。「いた」という過去形なのは、残念ながら最近は更新がなされていないためだ。何を隠そう、梶原一騎にかけては、こちらも負けず劣らない”一家言”をもつ。おそらく、これには世代的な影響が大きくかかわっていようが、近い年代でも「あのスポ根はねえ、、」的な発言をなさる御仁もあるから、当人たちの気質も関係しているのだろう。
というわけで、今後、毎回ではないが、折りに触れて、「むすび院長の一騎ワールド」を展開していく予定である。乞ご期待。

「さつき」と「めい」を送る

風薫る、といった季語とは無縁の真夏日が続くなか、月があらたまった。五月のこよみ読みで、皐月(さつき)とMay(メイ)とくれば、これはもう「となりのトトロ」(宮崎駿監督)の話になるのは自然な発想だろう(むすび院長だけ?)。日曜朝からTUTAYAのレンタルビデオで改めて通覧した。
あらすじ。考古学者の父と賢くけなげな長女サツキ(小学校高学年)、おしゃまで天真爛漫の二女メイ(4歳)が森の古い一軒家に引っ越す。そこで、こどもにしか見えない森の住人トトロとの”出会い”を通して自然と人間との交流を描いたほのぼの傑作。姉妹の母親は病気のためサナトリウムに入院しており、メイが母をひとり見舞いに行き迷子となり、サツキがトトロに助けを求め、ハッピーエンドとなる。

心療内科の現場でも2人姉妹の患者さんというのは意外とある。しかも、まじめで融通が利かず、ハムレットよろしく葛藤する姉と、天真爛漫に見えて、実は悩みを処理しあぐねる妹といったパタンが多いのだ。宮崎監督は当然不特定多数の観客、つまり日本人を見据えて人物造型をし、脚本を書いているのだろうから、さすがというべきである。
持振さつき(28)さん(仮名)は介護職。他人の世話をするのが好き、というより自分のことを考えるとつらいという。看護師になりたかったが、父が幼少時病死するなど家庭の事情で上の学校に進めなかった。中学卒業後すぐに事務職として働いたが、スタッフ間の仲裁役をやるうち、職場いじめの標的となり、辞めた。いくつもの会社に勤めるものの、いつも似たパタンで退職するくせがある。ようやく介護現場で働くことに意義を見出すが、いつまでやれるか不安は尽きない。家族が寝静まってからの過食嘔吐が続いている。いっぽう8歳下の妹、持振めいさん(同)は小中学校時代、母が家を空けることが多く、姉が親代わり。明るく、友人も多いが、高校のとき、携帯サイトで知り合った会社員と付き合い始めたものの、彼氏の借金の肩代わりのために家族に寸借してから頭痛やめまい、耳鳴りが襲う。姉にやっとのことで打ち明け、受診となった。

さて、映画でサツキとメイは、「この世=人間界」と「あの世=トトロの世界」をつなぐトンネルを容易に潜り抜ける。それは姉妹が「こども」だからだろうか?しかし、僕たちがここで気を付けなければいけないのは、こども=自然=善、おとな=人工=悪、という二分式の思考に陥ってはならないということだ。翻って、28歳のさつきさんは、子供時代にこどもとして振る舞うことを禁じられる環境にあったゆえに、その習い性が今も続いているといえる。おとなになってもひとは、どこかにこどもの心を残しているものだし、それのないおとなは、どこか、さみしい。めいさんは今、おとなとこどもの「あいだ道」で迷っているように見受ける。その尻拭いをまたさつき姉さんに頼むのか、どうか。正念場だが、彼女にはゲーテの言葉を送って、5月を贈る言葉としよう。
「愛しもせねば、迷いもせぬ者は、もはや埋葬してもらうがいい」。これで、姉妹のおはなしは、おシマイ。








天命を待つ

「ときに治し、しばしば癒し、つねに寄り添う」――3月まで働いていた病院のスタッフ紹介欄で自分のPRに書いたメッセージがこれである。前々回のコラムで書いたように完治の難しい病気を患うひととどう向き合っていくかは、精神科・心療内科に限らず、医療者の”根っこ”が問われる。
患者さんの受診が途切れるのにはいくつかのパタンがある。1回で来なくなる方とは「縁がなかった」としか言いようがない。悩むのは、数か月以上通ってもらったのに、転居など明らかな理由なく去って行かれる場合である。これも、ある程度やむを得ないことかもしれないが、考え込むこともある。
一番は、もともと病状が重くなく、なんとなく軽快してご本人が受診の必要を感じなくなる場合。これは、割合多いような気もするし、それなら良いことだろうと思う。また、調子が悪くなるとひょっこり受診されることがある。次に、病状が改善していないのに、医師の前でいい出しにくい性格から、しばらく受診した後のある日ぷっつり来なくなる患者さんがある(あった)と思う。そんな方にはこの場を借りて伝えたい。「遠慮なく、教えてくださるとうれしいです」。
最後に、これはしんどいのだが歓びも一番大きいパタン。たいていは境界性パーソナリティが絡んでいるケースで、「先生の治療はもう受けられません!」と大見得を切り、こちらも「わかりました!」というやり取りで終わる。それがかなり月日が経ってから、ひょこっと「先生、どうしてますか?」と連絡をくれる。

坂井奈矢美さん(仮名)は美術系の大学の時、対人関係に悩み大学のカウンセラーから紹介され僕のところにやってきた。摂食障害があり、こだわりも強く、診察室の掲示物が2㎜傾いているだけで気になって診察を中断する女性だった。何回も大量服薬(OD)をした。特徴は、僕の処方薬はODしないが、市販のルルを100錠単位でのむこと。繰り返し繰り返し、、。そのことは精神分析上重要なテーマだが、ここでは割愛する。診察につれてその数は減り、最後はゼロになった。しかし、卒業後絵筆一本での仕事をしたいのに、なかなかかなわず、摂食障害も残り、入院。その際、治療方針の行き違い(こちらにも説明不足があった)から、最後は両親とともに啖呵を切って僕のもとを去って行った。かなりの虚脱感が僕を襲った。しかし、一縷(いちる)の望みはもっていた。それは「祈り」といってもよい。治療者だって祈ることはある(少なくとも僕は)。
――僕のもとを離れ、1年以上経って手紙が来た。「先生、結婚しました。何とかやってます、、」。それを、偶然ととる方もおられるとは思うが、僕にとっては、偶然はただ待っていてもやってこないということだ。
人事を尽くして天命を待つ。企業内の人事異動しか「人事」から思いつかなくなった時代には死語に近いことわざだろうが、むかしのひとはえらいことをちゃんというものだと思う。さて、天命(50歳)を越えた小生にとって、これからどんな天からの偶然が降ってくるかは、やはり神のみぞ知る、だろうか。

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