平成元禄のウォーターサーバー

こよみの上では穀雨。頭痛持ちにとっては”酷雨”の日々が続いたが、きょうは全国で晴れ上がり、東海地方は軒並み最高気温25℃を超える夏日となった。本日は水分の恋しくなる陽気にちょっと水を差す話題。

ある研究によると、気温24℃でアイスクリームが売れ出し、26℃で扇風機が売れ出すという。一宮むすび心療内科でもウォーターサーバーが活躍する時節となったが、ここでお知らせを兼ねて注意書きを。
 *真空充填無菌水のボトルから電気で冷やして提供しています。右側の青色ボタンを押したままフックレバーを押すと冷水が出ます。左側の赤色ボタンからは熱湯が出るので利用しないでください。(安全カバーを絶対外さないで)。
今晩のニュースでウォーターサーバーが取り上げられていた。いまや全国の家庭でも340万台が利用されるが、1歳前後の子のやけどが6年間に40件報告されている。急激な普及で製造統一基準がなく、チャイルドロックの機能しない機種もある。経済産業省は、蛇口を子どもの手の届かない位置に変更するなど、対応を業者に指導していくとのこと。
ここで、こう思うのだ。
「文明の利器を利用するのはよい。ただし、自宅で使うぐらいの甲斐性があれば、1歳の子どもが危なくないように気をつけられないのだろうか?」

先日、20代のお母さんが抑うつで当院を訪れた。予診の聞き取りで生後数か月の子がいるのはわかっていた。若いご主人と2人で診察室に入ってこられたので「赤ちゃんは?」と尋ねた。彼女は答えた。「車に、、、」。
まだ、長雨の時期だったが、即座に「すぐ連れてらっしゃい」と諭した。
毎年のように、次のようなニュースが繰り返される。パチンコに興じていた母が気づいたら、駐車場の子どもが熱中症にかかり、死亡。産後うつの育児放棄リスクとは同列に論じることはできないが、”母性本能”が本能でないことは、こうした悲劇が裏付けている。
昔は良かったと言っているのではない。乳幼児死亡率を含め、むしろ現代の方が子どもには”優しい”時代ではあるのだろう。子どもひとりに手を掛けられるようになった分、親たちには大変な部分も増えている難しい時代なのだ、平成元禄は。
今から半世紀以上前、東京オリンピックのときに福田赳夫元首相が言い出したのが「昭和元禄」。2020年の東京五輪を前に、アベノミクスとやらで浮かれる平成ニッポンの姿がウォーターサーバーに象徴されていると言ったら穿(うが)ち過ぎだろうか。

見えない心の叫びを聴け

今週も心の問題に大きく関わるニュースがあった。聖マリアンナ医大病院(川崎市)で、精神保健指定医(以下指定医)の資格を不正に取得したとして、厚生労働省は同病院精神科医師20人の資格を取り消した。
おそらく精神科以外の医師も含め指定医について詳しく知る人は少ないので、本日のコラムで取り上げる次第。

精神障害という言葉は、おどろおどろしい。おそらく多くの人にとって身体障害との対比(ポジネガ)として捉えられているのではないか。つまり、基本的には「治らない」病気というイメージである。実際はそうではないにもかかわらず。
身体障害に関しては、医療技術の進歩(例:下半身不随でも電気刺激で動けるようになる)により、またパラリンピックやバリアフリー化など障害への社会的取組の甲斐あって、周囲の視線が昔より柔らかくなったように感じる。
いっぽうで精神障害にかんしては、いまだスティグマ(偏見)は取りきれていないようだ。「こわい」「避けたい」という感情を持つ人もいるだろう。その大きな要因が”目にみえない”ことにあると考えている。ある意味それは放射能と同じだ。(だから被爆者への差別は根強い)。

精神障害の症状で大きな問題のひとつが、自分や他人を傷つける事(自傷他害)。精神保健福祉法は自傷他害のおそれのある場合、本人の承諾なく強制入院させる権限を指定医に認めている。これには大きく2つある。
①行政が入院の管理者となる措置入院(指定医2人の診断が必要)
②家族の同意を得て入院させる医療保護入院。
特に前者は病状が重い場合で、都道府県知事が告知し、身体拘束や隔離など行動制限が行われることが多く、入院も長引くことがある。人権侵害に慎重な対応が求められるのは当然だが、これが都道府県によって措置率に大きな差がある。地方税率に差があるなどといった事とは訳が違う。もちろん精神障害にそれほどの県差はない。
さまざまなな課題を抱える精神医療。しかし、現場ではそれを乗り越えて目の前のことに対処しなければならない。症状を管理するために24時間監視つきの保護室に入室してもらったり、手足や体をベッドに固定させてもらうこともある。
自傷他害は精神障害者の「見えない心の叫び」でもある。その治療に携わる医者の資格に不正があったらどういうことになるのか。指定医の端くれとして襟を正さずにはいられない事件。彼らの叫びにどう耳を傾けるのか、模索の道は続く。

「美」の代償

フランス議会(下院)で先週、やせ過ぎモデルを禁止する法案が可決された。体格指数が平均の約8割以下のモデルを雇用した業者は、最長禁錮6か月の実刑か罰金7万5千ユーロ(約970万円)が科される。また、「拒食症」容認ウェブサイトも違法化され、必要以上に細さを美化すると犯罪とみなされる。

「拒食症」患者さんの通院する当院でも無関心ではいられないニュースだ。同様の法律はすでにスペイン、イタリア、ベルギー、チリ、イスラエルなどで成立しているが、ファッションの本場で施行されることに意義がある。業界は「拒食症とファッションは別だ」と訴えているが、おそらくこの勢いは他の先進国にも広がるだろう。問題はわが国でどうなっていくかだが、、、。

ここで、「拒食症」について説明しておきたい。
正式には「摂食障害」(Eating Disorder:ED)という。EDは大きく神経性無食欲症(Anorexia Nervosa:AN)と神経性大食症(Bulimia Nervosa:BN)に分けられる。前者が拒食症、後者は過食症と通称される。神経性とは、癌や消化器疾患など身体的理由によらないという意味で、体重が標準より極端に少ないかどうかでANかBNかが決まる。本質的には同じ疾患だ。
体重を身長の2乗で割った数字がBMI(Body Mass Index)で、平均が22。これが18以下で、月経が続けて来ない状態がANにあたる(女性の場合)。当院では体重30㎏そこそこの患者さんが何人も治療を続けている。男女比は1:10と圧倒的におんなの病気。10代でダイエットを始め、気が付いたらANになっていたというケースが典型的。
きっかけはボーイフレンドやクラス仲間、家族からのひとことが多い。「ぽっちゃりしたね」「顔が丸くなったね」など、声をかける側は思いもよらぬことが多いので気を付けてほしい。ただ最近は発症が”高齢化”し、出産後に発病したり、若いころに患った女性が中年になって再発するケースも目立つ。
以前のブログ(10・16『飽き満ちることのない食欲』)でもお伝えしたように、彼女たちは自由意思で食べなかったり、食べ過ぎるわけではない。脳が拒んでしまうのだ。その有名な証拠がある。
第二次世界大戦さなか、米国ミネソタ州である実験が行われた。戦争で低栄養状態に陥った者の治療法開発のため、頑健な男性兵士数十人を集め、摂取カロリーを通常の半分にして半年過ごさせたあと栄養リハビリを行った。体重が25%減少した彼らは抑うつ状態となり、自己否定が強く常に食物のことばかり考えるようになった。盗食、残飯あさりが横行、回復期には過食が続いた。
このミネソタスタディは、いちど拒食が続くと、本人の気持ちとは無関係に食行動異常が生じる事実を示したものだ。そして痩せ礼賛の風潮が強いなかでは、その圧力が摂食障害発症のきっかけとなりうることを皆が知るべきと思う。同時にこれは飽食社会の裏面としての病理であることを指摘したい。

ことしは未(ひつじ)年。漢字では羊。美の語源は「大きな羊」とされる。痩せることが美につながるというのは大いなる幻想である。

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