ウツるんです#34コロナ禍の「セイホ」2021年2月7日

 二度目の緊急事態宣言の効果だろう、2月に入って新型コロナウイルス感染者数が減少中だ。その一方で、重症者はそれほど減らず、死者数は着実に増えている。
 理由は、感染者に占める高齢者の割合が増加しているためだ。免疫弱者を狙う「分断ウイルス」ゆえだが、コロナは同時に、社会的弱者もターゲットにしているように思える。
 
 国会でコロナ対策の特別給付金を求める質問に、菅首相はこれを否定し、「最終的には生活保護という、そうした仕組み」があると答弁し、物議をかもしている。
 その背景には、近年一貫して増え続けている生活保護受給(約165万世帯)の問題が横たわっていると思われる。いまは親族に対する扶養照会の取り扱いが話題にのぼるが、より本質的な、保護費支給の物価算定基準が国の恣意で変更されたことは、各地で裁判になっているのに、メディア報道は不十分に見える(この件は、私の元勤務先の同僚記者だった白井康彦氏が精緻な論考をしている)。
 
 当院にも生活保護の患者さんたちが通院する。もともと精神的な問題を抱え、仕事のできなくなった人もいるが、やむを得ない事情で経済的困窮に陥り、うつ状態になる人もいる。
 そういう人のため、まさに生活保護がある。法学部卒として、憲法25条の社会的生存権が根拠であることを強調したい。まさしく首相の言う「セーフティーネット」なのだが、現実は厳しい。
 最近、保護受給中の女性患者が市役所からこんな通知を受けた。「セイホ(生活保護の略)のメンタルの人は自立支援を受けないといけない」。自立支援とは、「心身の障害を除去・軽減するための医療について、医療費の自己負担額を軽減する公費負担医療制度」(厚労省HP)のこと。
 それぞれ別個の目的を持った制度だが、「公助」という点では同じだ。ここから先は推測だが、生活保護予算がひっ迫しているので、「お上」からの圧力あるいは現場の忖度があるのではないか。その証拠に、ほかの患者でも、同様の“指示”を受けたため、当院から説明を求めると、法的根拠はないと撤回された。
 分断ウイルスでギスギスした世相であるからこそ、こう問いたい。
 菅さん、国民の実情をもっと見つめてください。“ガースー”じゃなくって、「さーすがー」といわれるトップになってくれないと、次は、無いよ。
 

 

ウツるんです#33 地球“分断”の時代に 2021年1月14日

 ところによっては1月15日までが松の内だそうなので、読者の皆様、あけましておめでとうございます――と書いて、おめでとうは無いだろうという情勢になって来た。
 新型コロナウイルスは変異種も出て勢いが止まらず、11都府県に緊急事態宣言が「発出」された。私の住む愛知県も含まれる。
 NHKテレビでいま、「医療崩壊危機の最前線」と題して、地元一宮の総合病院での苦闘を映し出している。「コロナのために救える命が救えなくなる」とナレーションが語り、かつてボーイスカウトで薫陶を受けた先輩医師が「救急は止めたくないが、、」と苦悩のまなざしでインタビューに答えている。
 国内第三波を経験して、「新型」といいながら、敵の特徴はかなりつかめてきた。このウイルスを一言でいえば“分断ウイルス”ということだろう。
 かかった人の大半は無症状か軽症。しかし、残りの2割ほどが重症化し、一部は死に至る。多くが高齢者または循環器や糖尿病など免疫力に問題を抱える人たちで、彼らと残り大勢との間には太平洋のマリアナ海溝より深いギャップが潜んでいる。
 もうひとつは感染の仕方だ。潜伏期が長く、無症状者から知らぬ間にうつり、あっという間に進行する“ステルス”型感染が対応の困難さを増幅させる。だれもがうつす側となりうるゆえ、いちばんの対策は他者との距離をとるソーシャル・ディスタンスとなり、分断は加速される。
 広がるにつれ、死亡率がインフルエンザにやや近づいてきたことから、「はやり風邪と同じ」と勘違いする人もいる。これまでの死者4千数百人を、他の病気との比較で大したことはないと論ずる向きもあるが、単純比較がナンセンスなのは、たとえば、史上最悪の惨事となった日航ジャンボ機墜落事故の犠牲者が520人だから問題ないとする議論がナンセンスなのと同じだ。人の命は数字ではない。

 地球規模でみた場合、いちばん患者の多いのはアメリカだ。その国のトップが、大統領選挙結果をめぐり、さらに分断を深め、弾劾されている。
 
 きょう、産業医面談した50代の公務員は脳腫瘍があるのに、コロナ禍でかかりつけ病院の脳外科がコロナ病棟に転用、手術を延期された。良性髄膜種でまだ余裕ありとの判断だが、本人にとっては非常に辛い。そのストレスもあるのか、年末に高熱が出た。PCRは陰性、インフルエンザが陽性だった。(今年、愛知県のインフル患者はまだ数人の報告)。

 未来の歴史家が西暦2020~21年をどう評するのか。現代を「人新世」と時代区分づけしたのはドイツのノーベル化学賞者だが、コロナ分断時代とでも名付けられるのだろうか。
 

ウツるんです#32 バーバリー君、お疲れ様(2020年12月25日)

 2020(令和2)年12月25日は例年と異なり、メリークリスマスのかけらもない。むろんコロナ禍のせいだが、COVID-19の影も形もなかった5年前のきょう、きらびやかな街のネオンに目もくれず、24歳の女性がみずから命を絶った。
 高橋まつりさん。母子家庭に育ち、努力して奨学金で東大を卒業し、入社したばかりの広告会社電通で、「鬼十則」というアナクロニズムの社風のなか、1日20時間勤務で疲れ果て、死を選んだ。1年後の労災認定は、“あとの祭り”だった。
 
 昨年の中日新聞連載コラム『元記者の心身カルテ』で、高橋さんのような犠牲者を出さないために存在する産業医の話をまとめた。きょうは、私が長年勤める自動車部品会社(以下T社)で面談を続けた還暦男性を紹介する。
 男性の名を「バーバリー君」(以下B君)としておく。英国老舗メーカーの服を着るが、どこか似合わず、いつしか会社の保健スタッフからそう呼ばれるようになった彼は、この冬に定年を迎えた。
 高卒後T社に入ったB君は、いくつか地方工場を経て10年前、愛知県内の本社に異動。その1年後から症状が悪化した。体のあちこちが痛み、悪い病気ではと気に病む。そこを体育会系の上司にとがめられ、ますます萎縮する悪循環に陥ったころ、私が産業医として関わった。
 「仕事のミスで作業が遅れると相方の女性から“てめえ、バカじゃないのか”といわれまして。係長に上申しますと、言われるのも給料のうちといわれまして、、」
 なで肩で痩せ体型のB君は、恰幅のいい女性社員からきつく言われると、何も返せない。元々緊張しやすいひとりっ子で、頑固一徹の父を亡くしてからは、母のためと思い、ピッキングや空箱運搬の作業に耐えてきた。生活記録をつけてもらうと、欄外に「for my mother」と書き込んでくる。
 じっくり話を聴くと、30歳のころから風邪薬を毎日飲んでいるという。胃が悪くて、胃薬を常用している背景が分かった。薬の成分で慢性の胃炎になっていたのだ。
 更に悪いことには、副作用の眠気を飛ばすために精神刺激薬(ベタナミン)を心療内科で処方されていた。疲れた馬に強心剤を与え続けるようなものだが、風邪薬も精神刺激薬も依存しているので、急には止められないジレンマもある。
 
 産業医としてできることは、軽い筋トレを薦め、職場配置を事務作業に移す勧告ぐらいだが、会社都合でかなわなかった。一部の社員から嫌味を言われ続けながら、上司の配慮で何とか定年まで勤め上げた。
 今月最後の面談は、いつもと違って、さっぱりした表情で現れた。
「42年間は長かったです。体重は一時44㎏まで落ちましたが、今は50㎏です。上司に恵まれて、ここまで来ました」。そういうと、お礼にとクッキーを渡してくれた。
 高橋さんのような悲しい最期とならなくてよかった。コロナ禍に悩む人たちにも、B君からの餞別のおすそ分けをしたい。

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