ウツるんです#12 コロナ禍で懸命に働く(2020年6月7日) 

 新型コロナウイルス対策のなか、中小企業の持続化給付金委託先“中抜き”が問題になっている。電通に再委託する間に20億円が“消えて”しまった。
 わが国の企業421万社のうち、99.7%が中小企業で従業員数は7割(約2784万人)を占める。コロナ禍で200 社以上が倒産し、2万人が解雇された。雇用に悩む人たちの怒りが中抜き問題にどう向かうのか。黒人暴行死問題で騒然とする米国と、暴動の起きない日本の差を思う。
 
 私が産業医を務める政府系金融機関でも、困窮を訴える来店者への対応で、スタッフの残業は軒並み過労死ラインの80時間を超えている。
 定年後再雇用で勤務する60代男性。融資担当だが、コロナ対応で資金繰り相談は通常の6倍。4月上旬、仕事中に頭が真っ白になった。住まいの名古屋にあるメンタルクリニックを受診すると、まず検査しましょうと採血された。
 多忙で足が運べず後日、結果を電話で聴こうとすると、対面でないと答えられないとの返事。それからじっと我慢の子で1ヶ月半。精神的には元に戻り、振り返る余裕もやっとでた。
「40年近く働いて、いちばんの忙しさ。リーマンショックの時は地方にいたけど、融資のハードルはそんなに下げなかった。今回は下げざるを得なくて住宅ローンも延長。自己判断のプレッシャーで、ふだん110~120の血圧が180まで上がりました」
 もうひとりは50代男性行員。痛風のため、飲みたいビールを我慢しながら平成の時代をバンカーとして切り抜けてきた。趣味のランニングで鍛えた肉体も疲れ切っていると自覚する。
 「3月の残業が106時間。あのころは短期で終われるかなと思って頑張り過ぎました。4月が99時間、5月にようやく80時間を切れました。土日は走らずに休養に宛ててます」

 以前の当欄で記したように、人類はかつて何回も大きな疫病(エピデミック)に順応してきた。今回もそうなるだろう。渦中の庶民の苦悩は過去なかなか記録には残りにくかったが、デジタル化社会となった今回のコロナ禍は、こんなちっぽけなSNSにもその足跡の一端を残しておきたい。
 
 

ウツるんです#11テレワークという「枠」(2020年5月31日)

 わが国のコロナパンデミックはひとまず第一波を越えた。とはいえ北九州市のようにいつ再燃するかも知れぬ中、テレワークが広がっている。ちょうど、本日の中日新聞サンデー版が特集を組んでいて、当欄でも取り上げる次第。
 テレワーク(telework)のテレはギリシャ語の「遠く離れて」の意味。テレビジョン(vision=見る)や電話(テレホン、phone=音)でおなじみだ。サンデー版によると「情報通信技術を利用し、時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方」が定義だが、要は在宅勤務。東日本大震災後に12.5%まで増えた後下降し、今回再び“新記録”を更新した。
 
 当院にも、テレワークにいそしむ会社員たちが患者として通うが、恩恵よりは被害をこうむるケースが目立つ。
 50代の男性。理系大学院を出て大手メーカーに就職。20年以上研究職として働き、5年前初めて畑違いの部署に異動。上司の当たりが厳しく、眠れなくなって1年半前に来院した。穏やかだが苦笑交じりの口調はsmiling depression(=ほほえみうつ病)と呼ばれる状態だった。
 治療で睡眠を確保、悩みを聴くことで安定し、1年が過ぎた。そこへコロナ禍。組織変更があり、テレワークが始まった。激減した4月の業務量を5月に挽回しろと上から指示されるが、「電車通勤は不可。自家用車は許可するが、高速代は自腹」といわれ、再度うつ状態に陥った。
 これも50代の男性。6年前、東日本大震災の復興関連の仕事で過労が続くなか、発作的に首を吊ろうとした。実家の愛知県に戻り、当院初診。元々建築関連の仕事で阪神大震災の時、現場に駆け付けられなかったことを悔やみ、東北入りしたのだった。
 休職を助言し、うつ病の治療開始。回復し、東北での仕事に戻って5年。昨年再度愛知県に戻り、フォロー中に、コロナ対策で上司と食い違い、テレワークを指示された。「大声でわめきたくなった。テレワークの設備もない中で自宅に缶詰め。家でできる仕事ないのに」。ほとんど飲まなくなった睡眠薬にまた頼らざるを得なくなった。

 サンデー版にはジョン・メッセンジャーILO労働条件上級専門官のコメントが載っていた。
「管理職、テレワーカー、同僚は相互信頼が必要。テレワーカーには事務所で働く同僚と同じ権利、同等の労働条件の確保が重要だ」
 嘆くだけでは、解決しないのだろう。ピンチはチャンス。コロナ版テレワークは、労働者の団結を高める“離れた枠”を組み立てるための格好の場だと思う。
 

 
 
 
 

ウツるんです#10緊急事態宣言の解除(2020年5月26日)

 新型コロナウイルスの緊急事態宣言が全国で解除され、一夜明けた日本列島。「新しい日常」が始まった。ターミナル駅からはき出されたマスク顔の勤め人が互いに距離を保とうと、ややぎこちなく進む様子をテレビが映し出していた。
 私のクリニックでは入り口の自動ドアをあけ放ち、紫外線消毒のスリッパ棚が患者さんたちを迎え入れた。待合室ソファに貼ったビニールテープのX点が、ソーシャル・ディスタンスを求める。宣言以後、当院でも患者数は減少した。ウイルスが人を宿主とする以上、病院も感染の場になりうるのは仕方のないことで、それをおそれる人々の気持ちも分かる。
 午前の外来を終え、昼の弁当を買いにスーパーに向かった。大型連休と比べ、明らかに人出は多い。うがち過ぎかもしれないが、かつてより売り子のボリュームが小さい。マスクを通しているせいだけでなく、大声による飛沫感染を防ごうという無意識がなせるわざと感じた。うむ、「男は黙ってサッポロビール」――昭和からはるか来た道のり。
 午後の外来は眠気との戦いも加わるが、コロナ禍いちばんの問題は相手の声が聴きずらいこと。三密を避けるため、本来は閉め切っている窓を開けて、真清田神社の森の空気を取り入れる。ついでに外の生活音も入る仕組みだ。患者用のイスはいつもより離して固定。マスクと机上のアクリル板を通して発せられる彼/彼女たちの「声」に耳を傾ける。悲しいかな、老年性難聴の聴力で悪戦苦闘せねばならない。
 夕食の買いおきパスタを平らげ、誰もいなくなった診察室の鍵を閉める。外は雨。清澄な夜の匂いをかすかに感じ、ハッと気づいた。マスクが邪魔だ。無人の樹々の間をしばし散策し、直接鼻腔からいっぱいにフィトンチッドを吸い込んだ。
 日本が感染爆発に陥らないのは、欧米などと違い、清潔好きでマスク着用が有効なためなどと分析されている。医学的に正確な判定は困難だろうが、それを認めるいっぽう、こころ医者としては負の側面にも目が向かざるを得ない。
 同調圧力。皆がつけるから自分もマスクを着ける。それは文字通り、「仮面」だろう。コロナ禍前は顔隠し用のマスク無しでは外出できなかった社交恐怖(対人恐怖症)の患者が「以前は夏にマスクを着けるとじろじろ見られてつらかったけど、今はみんなが着けてるので楽」と診察で笑顔を見せてくれた。
 西浦博教授によると、緊急事態宣言解除の今は、野球でいえばまだ一回裏を終えた頃という。先は長い。ポストコロナの新しいタイプの悩みを受け止めるために、“マスク”を通さない声をだしていきたい。

 
 
 
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