ウツるんデス#2マスクという束縛(2020年4月12日)

 先月15日、新型コロナウイルスのパンデミック宣言に言及してから1ヶ月。事態は刻々と進展悪化して、もはや「新型」の形容詞なしで語る“ポストコロナ”の時代に突入している。
 白状すると、マスクが嫌いだ。ネクタイも同じ。体を“縛りつける”ものが苦手なのだ。新聞記者になったのも、医者に転身したのも、それが理由のひとつといって差し支えない。もっといえば、サラリーマンは「組織」という束縛が自由業より強い。
 いま、人のまばらな街を歩いて、マスクを着けていない姿を探す方が難しい状況となった。さすがの私もしないわけにはいかない。今の日本には、同調圧力を避けるよりも、命を選択せざるを得ないコロナ風が吹き荒れる。アベノマスクが最悪なのは、補償をケチるその性根の貧困さもあるが、タイミングが悪すぎるのだ。2か月前から議論していたというのなら、ダイヤモンド・プリンセス号のときにサッサと配るべきだった。緊急事態条項を憲法改正で入れたいから出し惜しみしているんだと勘繰られても、しかたがない。
 9年前に東日本大震災が起きた時の衝撃は、日本人誰もが持ち続けている。「絆」がキーワードになった。今度の衝撃は地球規模だ。ジャレド・ダイアモンドのいうように、人類は有史以来、戦争と自然災害、そして疫病という三大災厄を幾度となく経験して、いまに至る。そのひとつのパンデミックコロナウイルス。当欄で毎年、3.11.を取り上げているようにコロナも取り上げていく。喫緊のキーワードは「社会的距離の保持」。
 ウイルスはそれ自体では代謝をしないし、増殖もしない。宿主に入って、自らの遺伝子をコピーして生き延びる戦略を取っている。なので、外出してもコロナの宿主であるヒトが離れていれば(大体2m)、移らない。そこが震災の時と正反対な対応が求められる辛い災厄なのだ。
 ウツさないこと。そのためには、離れること、同時に人と人の心が結ばれることが一番大事だと思う。
 

ウソから出たマコト

 うそ替え神事 という伝統行事がある。元は菅原道真が蜂に襲われた時、鷽(うそ)という鳥の大群が助けたという由来で、木彫りの鷽を交換して嘘(うそ)を本当にすべく願う神事だ。
 パンデミックとなった新型コロナウイルスで志村けんさんが亡くなったのも嘘であってほしいが、現実だ。そのニュースも冷めやらない31日、滋賀県大津地裁で非常に重要な判決が出た。 
 当欄でも何度も紹介している冤罪(えんざい)事件。元看護助手西山美香さん(40歳)が17年前、末期患者の人工呼吸器を外して殺したとして逮捕され、懲役12年の刑が確定したが、獄中から無実の手紙を両親に約350通も出し続けた。それを読んだ中日新聞の記者たちが動いて「ニュースを問う」に連載し続け、井戸謙一弁護士ら弁護団と恩師、国民救援会、日弁連が支援し、本日の第二次再審無罪判決となった。
 元記者の私も精神鑑定の形で関わることとなり、西山さんの雪冤に貢献できて、感慨深い。軽度知的・発達障害からコミュニケーションに悩み、人に愛情を求め続けた美香さんは、人との関係を保つために「嘘」を重ねて生きてきた。それが事件に遭遇して供述弱者の立場に立たされ、苦難の道を歩むことになった。
 医者の世界には「ホワイトライ(白い嘘=患者を守る嘘)」という言葉がある。今の社会では反対の”ブラックライ”も横行しているが、同僚の看護師を助け、愛着障害に悩む自分自身を助けるためについた美香さんの嘘はもちろん前者だ。
  本日の判決文は90分の長きにわたり、大西直樹裁判長が今の日本の刑事司法の問題点をきちんと示した点で高く評価できる。最後、「もう嘘をつかなくてもよいです」などと涙ながらに西山さんをねぎらったことは判決史に刻まれるべきだろう。
 判決後の記者会見に臨み、満開の桜に合わせて身に付けた桜模様のネイルとイヤリング、そして白の装いが、彼女の潔白を完全に示していた。ご両親、美香さん、おめでとう。
 
 

ウツるんデス♯1風邪は社会の迷惑か?(2020年3月15日)

 新型コロナウイルス(正式にはSARS-CoV-2、以降新コロナ)が猛威を振るっている。中国・武漢で2019年末に始まった感染は3月15日までに世界125か国に広がり、WHO(世界保健機関)はパンデミックを宣言。現在はヨーロッパを中心にアフリカにまで拡大中だ。
 すでに知られる通り、新コロナの特徴は潜伏期が長く、初期症状が通常の風邪と変わりない点だ。そこがインフルエンザウイルスとの違いで、ゆっくり、着実に広がるような戦略を新コロナは取っている。おそらくピークは少し先になるだろう。これはPCR検査の実施に関係なく、何峰も来る可能性がある。
 そんな、状況下でどう対応するかの判断は高度に政治的なものだが、そのベースには医学的・疫学的に正確で冷静な情報が元になっていなければならない。目下の情勢では、クラスター(小集団)での伝播が重要であり、感度(感染者が陽性となる確度)がそれほど高くないPCR検査をクラスターの濃厚接触者に集中させて行う必要がある。
 感染拡大阻止のためには、該当者・施設のプライバシー保護との軋轢が生じる。両者は本質的にシーソーの関係にあり、自治体によって後者の情報開示が細かいところと不十分なところとの落差が激しい。その背景にあるのが、感染者への差別と僕は考える。それは、かつて、ハンセン病などで繰り返された歴史を思い起こせばよい。これは日本人に限ったことではないが、同調圧力の強いわが国により顕著だと感じる。
 かつて、「風邪は社会の迷惑です」というTVコマーシャルがあった。アレを観た時のいやな感じは今も忘れない。どうせなら、樹木希林と岸本加世子の写真フイルムCM「美しい人は美しく、そうでない人はそれなりに」の調子でいきたいものだ。インスタントカメラもパンデミックを起こすウイルスも結局はそれなりに「ウツるんデス」。非科学的に自粛して、みんな「ウツ」にならないように願う。
 
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