ウツるんです#37 コロナ禍の憲法記念日

 コロナ変異株が日本列島を覆っている。そのせいではないが、憲法記念日のきょうもクリニックに出向き、書類作成とコラム準備(Forbes JAPANオンライン版と中日新聞Dr.’sサロン)で一日が過ぎた。
 
 昼、スーパーで買ったイベリコ豚の生姜焼き弁当をほおばりながら、見るともなく窓外を眺めていた。クリニックの目の前には,、由緒ある真清田神社の北に大宮公園がひろがっていて、相撲場や噴水、高齢者用アスレチックなどが散在している。
 目をやると、わが弁当から直線距離50mの場所にある砂場わきに2人組が現れた。
 
 30代後半に見える男性と、小学校低学年とおぼしき女の子。父(たぶん)はブルーシートを敷くと、デイパックから昼食を取り出した。近眼のせいで定かではないが、父は市販の発砲スチロールにみえる丼をすすり、真っ赤な上着の娘はおにぎりらしき食べ物をほおばった。
 目を見張ったのは、ささやかな食事の後だった。男性のわきで女の子がうなだれるように体をもたせかけ、彼はその長い髪をやさしく撫で続けた。
 しばらくじゃれ合った二人は、なにやら話し込んでいたが、内容が分かるわけもない。30分後、父は食後の薬を水筒のお茶(たぶん)で飲むと、親子は立ち上がり、娘が公園内にあるブランコに腰かけた。父はブランコを揺らすとスマホを取り出し、五月の薫風にそよぐ姿を画面に納めていた。

 その光景を眺めていたら、ふいに40年前のことを思い出した。
 
 昭和55年春、東京・神宮球場。私が早稲田大学に入ったのを一番喜んだのは、野球一筋だった父だった。プロ野球四百勝投手の金田正一さんから高校時代に2安打して勝った自慢話。父はこちらから早慶戦に呼ぶでもなく観戦のため上京し、帰りに新宿のつな八で天ぷらをご馳走してくれた。アイスクリームの天ぷらを生まれて初めて食べた。

 早大で私が所属したサークルのひとつが「憲法改悪阻止各界連絡会議」だった。人が人を裁くことの意味を問うために法学部に入ったというのは、就職用の作文だけというわけでもなかった。弁護士になる夢は早々に麻雀仲間に潰されたが、憲法だけは一生懸命に学んだつもりだった。
 ひとつだけ、挙げるなら「カルネアデスの板」。(ご興味のある方は調べてみてください)

 おっと、いけない。まだ、書類が山のように残っている。だが、あの父娘の幸せそうな顔つきが曇るような社会にはしたくない。そのためなら、残りの人生を、賭けてもいい。



 

ウツるんです♯36 ラブリー「利他」の道を 予告編

 院長コラムの更新が2か月ぶりになった理由から。
  
 一昨年4月から中日・東京新聞で「元記者の心身カルテ」を1年間連載しました。その同じ欄で、この4月から「Dr.‘sサロン」と題し、6人の医師がリレー式に執筆することになり、私も一員となったため、その準備がありました。
 先日の火曜に書いた1回目の見出しは「いらいら防ぐいい加減」。コロナ禍で在宅が増え、顔を突き合わせる機会が増えたせいで、家族の絆がむしろ壊れかけている面を指摘。ひとりひとりがまず無理し過ぎないことが大事と伝えました。

 それと、昨日配信開始になったのが経済紙Forbes JAPANのオンライン版。「元記者―」を読んだスタッフが、同紙のオフィシャルコラムニストとして紙面(電子面?)を提供してくれ、「記者のち精神科医が照らす「心/身」の境界」のタイトルで、月いちペースで書いていく予定です。
 こちらは3000字以上あるボリューム。手前みそで恐縮ですが、面白いので読んでみて下さい。初回は「高体温で差別された青年 精神科医の私が『分断ウイルス』と呼ぶ理由」〔無料アクセスできます〕

 加えて、先日木曜夜、中日新聞WEBセミナー第1回の講師に指名されました。テーマは「分断ウイルスコロナ~孤独とどう向き合うか」。典型的昭和アナログ人間なので、スライド作成や進行は記者さんに任せっぱなし。その分、自分なりに考えるコロナ禍の心構えを、歌(井上陽水の「桜 三月 散歩道」)も混じえながら、視聴者の皆さんに伝えました。
 
 というわけで、クリニック開業以来7年続けてきた当欄の更新ペースは亀の歩みになっていますが、上述のコラム同様、よろしくお付き合いください。
 残念ながら、本日のタイトル「ラブリー『利他』の道を」の本編は、次回ということで    
                            To be continued



ウツるんです#35 冬の「桜桃」~涙が教える乳/父の病2021年2月14日

 土曜は午前診療と午後のあいだが短く、いきおい昼は院内ですます習慣。コロナ禍の緊急事態宣言とくればなおさらだ。以前は自分で野菜炒めを弁当に詰めていたが、最近は妻が作ってくれるようになり、卵焼きにウインナが定番になった。
 妻の機嫌がよいとデザートにフルーツ缶詰がつく。先週はサクランボのシロップ漬けがうまかった。サクランボは本来、初夏の食べ物だが、冬の桜桃もよいなと思いつつ、太宰治の小説「桜桃」を思い出していた。

 実質上の絶筆になったこの小品は「子供より親が大事、と思いたい」のフレーズが有名だ。自らをモチーフにして、子ども3人を抱えた小説家の苦悩を、妻と交えた会話で表現する。
 夏の夕食のひとコマ。母は1歳の次女におっぱいを含ませるかたわら、父と長男長女の給仕に忙しく、「お父さんは、お鼻に一ばん汗をおかきになるようね。いつも、せわしくお鼻を拭いていらっしゃる」と言葉を投げる。「それじゃ、お前はどこだ。内股かね?」と苦笑して返す父に、「私はね」と母は少しまじめな顔になり、「この、お乳とお乳のあいだに、……涙の谷、……」。ぐうの音も出なくなった父は原稿料をつかむと酒を飲みに行ってしまう。そこで出された桜桃を食べては、種を吐きを繰り返すシーンで終わる。

 シロップ漬け桜桃の種を吐きつつ、ネットサーフィンをしていたら、「涙」で乳がんがわかる、との記事が目に留まった。
 エクソソームという体の様々な細胞から出る物質がある。大きさわずか100ナノメートル(0.0001ミリ)。がん細胞からも放出されるため、涙液中のエクソソームを測ると、乳がんかどうかわかるという仕組みを利用して、神戸大学の竹内俊文教授らが超高感度の測定法を開発したというニュースだ。
 実用化されれば、マンモグラフィのように乳房を押しつぶして痛い思いをすることもなく、乳がん検査を受けられる朗報だ。
 
 日本人女性の最も多いがんが乳がん。私の知人でも多くの女性がなっている。治療後にうつになって受診する患者さんもいる。
 乳がん増加の原因として、食生活の欧米化や女性の社会進出が挙げられている。高脂肪食によるエストロゲンの変化や出産の減少と閉経の遅れによる月経回数の増加が影響しているという仮説だ。

 東京五輪組織委のトップが「女性蔑視発言」ですったもんだしているコロナ禍の令和3年。世の男性陣は、改めて、冬の桜桃を食べながら、太宰の小説を読んでみる必要がありそうだ。
 
 
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