ウツるんです#15 うつ病もウツるんです(2020年6月28日)

 「うつる」を辞書で引くと、写る・映る・移る・遷る、と出てくる。大雑把にいえば、ものの色や形がそのまま別面に反映することと、時や人、物が移動していくさまに分けられる。
 当欄のタイトル「ウツるんです」は新型コロナウイルスの流行で始めたもの。英語でいえばinfection(感染)〔世界的疫病はpandemic=あまねく人々に広がる〕。当方の専門は精神科学・心身医学。一見「うつる」病気とは関係なさそうだが、そうではないという興味深い研究を伝える。
 
 ヒトヘルペスウイルス(HHV-6 )はほとんどの人が体内に保有するウイルスだ。子どものころの初発感染は突発性発疹として知られ、大人になっても神経の奥深くに潜伏し、免疫力が落ちると口唇(くちびる)で水疱を作ったりする。
 このHHV-6が鼻の奥にあるにおい感知器の嗅球(きゅうきゅう)に感染すると、SITH-1という遺伝子が産生される。東京慈恵医科大ウイルス学講座の近藤一博医師らがこの遺伝子の機能を調べると、細胞内にカルシウムイオンが流入し、アポトーシスという細胞死を誘導することが判った。
 興味深いことに、SITH-1を発現させたマウスはストレスからうつ状態に陥ったという。そこで健康な人とうつ病患者のそれぞれで、これに対する抗体を測定。はたして8割近いうつ病患者が影響を受け、健常者の12.2倍(オッズ比)もうつ病になり易いとの結果が出た。
 さらに健常者のなかで、全く抑うつ症状のない者と病気ではないが軽く抑うつ傾向のある者を比較。後者の方が抗体価の高いことが判った。

 この研究の背景には、人間の全遺伝子セット(ヒトゲノム)が17年前にすべて解読されたのに、病気の原因はほとんど解明されていない事実がある。そこで近年、人間に寄生する細菌やウイルスの遺伝子も総合的にヒトの遺伝子として調べる必要があるという考え方が提唱された〔これをメタゲノムという〕。
 人はひとりでは生きられない。これは目に見えるメートル、キロメートル(m、㎞)単位の話だけではない。一人の細胞総数(数十兆)よりも多い腸内細菌が健康を左右することからもわかるように、マイクロ・ナノメートル(μm、nm)の世界のほうが重要かもしれないのだ。新型コロナウイルス、またしかり。星の王子様のいうように「大切なものは目に見えない」――

 

ウツるんです#14 コロナ禍のフィーバー(2020年6月21日)

 この週末から県をまたぐ移動制限が解け、プロ野球(無観客試合)も始まった。コロナ第二波対策として、感染者との接触が分かるアプリも利用できるように。“経済と生命”両立のための生活様式を求めてということなのだろう。
 
 毎週行く蕎麦屋で初めて、入店時に「お熱を測らせていただきます」といわれた。店員が一瞬、看護師に見えた。赤外線感知器を額でなく、手首にピッ。〔どうせやるなら正確に橈骨動脈に当ててほしかったが、形式だけということか?〕。36度5分。何度以上なら入店拒否か、きくのは止めた。

 当クリニックにも、このところ、症状のない「高体温」を治療してほしいという患者さんが続いた。
 18歳、発達障害(自閉スペクトラム症)の男性Aさん。3か月前に人間ドッグを受け、37度4分。朝は36度台でも夜37度5分を超える。病院で調べ異常なかったが、障害者雇用の職場は休まざるを得なかった。「雨が降ると38度になる。上司は何も言わないけど、仲間内で敬遠された。」と付き添いの父が代弁する。
 医者がコロナでないと判断しても、周囲が認めようとしない。念のため、チェックがまだの甲状腺ホルモンとカテコラミン値を測定し正常と確認、漢方(補中益気湯)を処方した。この薬は体質で生じる高体温に有効との研究がある。2週間で熱は落ち着きつつある。
 
 34歳のプログラマー男性。以前からストレスで下痢になる過敏性腸症候群を患っていた。ことし4月中旬から微熱が続いた。高いと37度7分。だるさもあったので内科受診したが胸部X線に異常なく、血液炎症反応も陰性で当院紹介。
「会社で、早く病院行って来いといわれた。熱の原因のことを考えて余計ストレスがたまった」

 体温は脳の奥、視床下部に調節中枢があり、さまざまな理由で上昇する。基本は「感染症、腫瘍、膠原病」。この三つに匹敵するほど、じつは”高体温”のひとが多い。その筆頭は女性だ。月経周期で排卵すると高温期に入り、かなりの人が37度以上になる。そうでなくとも、体温は日内変動し、朝より夜が4~5分高いのは普通だ。
 子どものころ風邪症状がないのに、熱のあるとき「知恵熱だ」といわれた。その裏には、勉強ばっかりせんと体動かせという大人のメッセージが隠れていた〔実際は勉強ばかりしていたわけではない〕。医学的にも、脳を使い過ぎると中枢で発熱することが判っている。

 コロナ対策でマスクはもはや国民の常識となったが、熱中症には気を付けないといけない。同時に、お互いの監視に“熱中”しすぎて、上記のような人たちを「患者」にしないでほしいと思う。
 

 
 
 

ウツるんです#13白球を追いかけろ(2020年6月14日)

 第一波が治まった国内のコロナ禍だが、制限解除が進む東京では、また感染確認者数が増加してきた。そんななか、この春中止になった第92回選抜高校野球大会出場予定32校の交流試合開催が決まった。今週末からは延期されていたプロ野球も始まる。“遅れた球春”の到来だ。
 
 1年半前、パニック障害の40代主婦が当院を訪れた。薬を極力使わず、ゆっくり話を聴き、漢方と頓服で切り抜けて最近は発作も出ない。
 彼女には高校2年になる二卵性双生児の息子がいる。病状安定で2ヶ月に一度の受診の際、コロナ禍で気になることを尋ねた。
「子どもたちも自宅待機が長くて、いらいら気味だったんです。二人は別々の高校で、ともに野球部なんですけど、やっと部活できるとホッとしたみたい。以前とは練習の仕方も変わりましたね。熱中症も心配なので、グラウンドで練習中はマスクを外すけど、それ以外のミーティングなどはマスク着用。着替えも感染リスクなようで、泥だらけのユニフォームのまま家に帰ってきます。本来は制服に着替える規則みたいなんですけど、こういう時期ですから。試合のある日の移動も、以前ならバスだったのが、今はそれぞれ自家用車で家族が送迎しています。でも県大会ができるようになって喜んでました。なので巨人の選手が(PCR検査で)陽性とニュース聴いて、ビビってましたね。甲子園は、今2年生なので、自分たちのことよりも、先輩のことを心配してました。ぼくたちには来年があるけど、って」
 
 戦争や戦前の米騒動を除き、甲子園野球が中止になったことはない。球児だけでなく、野球を人生の楽しみにしている人たちにとっては、途轍もないことなのだ。
 パチンコや麻雀、ナイトクラブなど、「不要不急」のことどもは控えるべきだというような同調圧力がこの国を覆ってはいまいか。なにが必要火急なのか、ギャンブルが当てはまるならスポーツはどうなのか。芸能は、文化は、、それは他者の介入する筋合いではない気がする。
 江川卓さんもたしか、こう言っていた。「たかが野球、されど野球」
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