ウツるんデス#5“二極化“ウイルス(2020年4月23日)

 新型コロナウイルスに罹り、入院待ちだった埼玉の50代男性が自宅で亡くなった。直面する医療崩壊を象徴するニュースと思ったら、「岡江久美子コロナ肺炎で死去」の報が入った。正直、動揺した。63歳は早すぎる。乳がんを手術、放射線治療を始めて約2か月という。
 当初、私はコロナをインフルエンザと大差ないと考えていた。致死率10%以上のSARSやMERSと同じグループとはいえ、限定流行に終わった両者と違い、大規模感染するタイプなら毒性は薄まるのが通常と考えていた。宿主であるヒトが死ねば、自分たちも存在基盤を失うことになる。そういう“ヘマ”はやらないというのが理由だ。
 この仮説は、実は今も消えてはいない。慶応大やアメリカなどでのPCRと抗体検査結果から、知らぬ間にコロナに感染している人々は発表よりずっと多い可能性が高い。最終的な致死率はインフルエンザに近いかもしれない。ただ、今回のウイルスの特徴はすでに知られるごとく、その「二極性」にある。
 8割の人は軽症、残り2割が肺炎を起こし、5%が重篤化する。西浦教授の試算は基本的にそれに基づく。自然に治る人と助からない人の両極端。さらにコロナは高齢者や持病持ちを好む。ここでも運命を分かつラインが引かれる。
 フランスの経済学者トマ・ピケティの著書『21世紀の資本』は経済に疎い我々にも衝撃を与えた。過去200年以上のデータを分析し、資本収益率(r=資産によって得られる富)が経済成長率(g)を上回り、金持ちはより裕福に、貧乏人はより貧しく二極化すると結論付けた。日本の高度経済成長、一億総中流化はむしろ例外的な“あだ花”だったのだ。
 一部に反論が出るほど自粛を強化しなければならない理由は、感染者の増加で増える重症者に使える人工呼吸器やECMO(人工心肺)が限られるからだ。わが国の人口当たりのICUは、病床数の多さに反比例して少なく、アメリカの2割ちょっとしかない。命の選別が行われる現実が、迫っている。あなたは、どっちだ。
 
 

 

ウツるんデス#4集団免疫を待つ(2020年4月19日)

 新型コロナウイルスの感染確認者が世界中で230万人を数え、国内では1万人を超えた。うなぎ上りの状態を受けて先日、緊急事態宣言が全国に発せられた。
 ウイルス感染に国境はない。前回書いたように、人類は戦争、自然災害と並んで、感染症の世界的大流行に繰り返し遭遇してきた。それは地球の側から見れば、生態系を乱す、生物進化の新参者の人口調節弁として働く重要な戦略だろう。
 英国の首相も罹患するぐらいだから、これほど“平等”な災厄はないと言いたいが、ちょっと待て。国別で最悪の犠牲者を出す米国では死者のうち、黒人、ヒスパニックの割合が白人より高い。単一民族幻想のあるわが国でも、都道府県による感染者数に彼我の差は大きく、職業別でも差が出る。
 喫緊の課題は医療崩壊だろう。先進国としては集中医療の過少さがここにきてアキレス腱となっているが、これは別稿に譲る。今回は自粛要請が出ても休めない仕事に就く人たちの苦悩を、当院患者の様子を紹介することで示したい。

 30代のスーパーマーケット店長。コロナのコの字も無い4年半前、仕事のストレスから動悸で倒れ、心臓に異常なく、当院を受診した。診察での傾聴、漢方の頓服(炙甘草湯という即効性のある方剤が有効)などで対応し、なんとか来たが、家庭内の心労で抗うつ薬を加えざるをえなかった。そこにコロナ禍が容赦なく襲う。睡眠4時間を確保できればマシなほうだ。
 先週の日曜日。人手が足らず、店長の彼もレジに立っていると40歳ぐらいの女性客がすごい剣幕でまくし立てた。買い物かごの商品の値段を確認しろ、しかも手を触れるなというのだ。店を閉めて、すべてのかごを消毒する苦労は、客には関係ないのだろう。これでもし、感染者が出たら、、、。
 40代の派遣会社員。就職氷河期で正規社員の道が狭く、高校卒業後20年コンピュータ関係の仕事についてきた。長年の不眠症で3年半前、前医から引き継いだ睡眠薬を処方しながら話を聴いてきた。
 先週の診察で珍しくこぼした。「仕事柄、テレワークは進んでるんですが、社員さんのみで。派遣の僕たちは普通に電車通勤。気分、よくないです」。彼にとっては“痛勤”電車だ。できるだけ、ドア付近で人に背を向けて立つアドバイスぐらいしかできず、診察後に考え込んでしまった。

 逆説に聞こえるが、コロナがすべての人にウツることこそが救いなのかもしれない。ジョンソン首相がICUで考えたのは、世界中に集団免疫が付く日のことだったろうか。

  

ウツるんデス#3強がりのお坊ちゃん(2020年4月13日)

 新型コロナウイルス(今後当欄では「コロナ」と表記)の緊急事態宣言を受け、外出自粛をめぐって星野源さん(以降、政治家や芸能人など著名人は敬称略)がインスタグラムで公開した「うちで踊ろう」に有名人がコラボして話題を呼んでいる。
 その中で唯一、批判を浴びているのが安倍晋三のツイッターだ。星野の弾き語りに合わせ、ソファに身を横たえてお茶を飲み、飼い犬を抱きながらくつろいでいる動画をアップ。「何様のつもり」というワードがトレンド入りした。
 当然、「首相さま」なのだ。少し前から、この国では「KY」と称して場の空気を読めない人をくさす言葉がはやり、辟易していたのだが、事ここに及んでは、KYシンゾーとでも呼ぶしかないと思われた。私も観て唸らされた映画『孤狼の血』の監督、白石和彌もツイッターで「これほど無神経な人間を他に知りません」とコメント。日本共産党委員長の志位和夫は「国民に外出自粛を要請することは、あなたが外出自粛をすることじゃない」とツイートした。では、いったいなぜ?
 以前、中日新聞が安倍晋三について「坊っちゃん宰相」と名付けて連載したことがあった。精神科医の私は担当記者から彼の小学校卒業の作文を見せられた。晋三小4の時、父の晋太郎は衆院議員一回生から落選、安倍家は父親不在の時期だった。友人の少なかった(とされる)晋三の孤独を癒やしたのが飼い犬だった。
 作文は唯一の友のように描かれる飼い犬との別れが主旋律。父や祖父と同じ政治家の道を歩み、北朝鮮の拉致問題に熱心だった理由のひとつは、学童期の孤立をトラウマ的に抱える晋三の思いが表れたものと分析した。
 今回の星野源コラボ動画を(おそらく)善意でアップした晋三は、国民的な反発を受けるとは思いもよらなかっただろう。その無意識に、小学校時代のトラウマが潜んでいるという印象をもった私は、コロナ国難の今、多くの人々と共有したい思いにかられる。
 日本のかじ取りは、右翼でもなければ、独裁者でもない。寂しがり屋で、決断ができない、強がりのお坊ちゃんであることを。
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