続・塀の中からの手紙~見えない障害~

落語の小咄(こばなし)にこういうのがある。「隣の空き地に囲いができたってねえ」「へぇ~い(=塀)」

滋賀県・南彦根の湖東記念病院で亡くなった末期患者の人工呼吸器を外したとして殺人罪に問われて服役した元看護助手西山美香さん(38歳)の再審請求事件で、1年前のきょう、大阪高裁(後藤真理子裁判長)が再審開始決定を下した。
検察側が特別抗告したため、現在最高裁で審理中だが、中日新聞が詳細に報じている〔日曜紙面『ニュースを問う』〕ので当欄読者諸氏にはそちらをご参照いただければと思う。

そもそもこの「冤罪」が明るみに出たのは、10数年に及ぶ西山さんの拘置所・刑務所生活で、彼女が無実を訴える350余通の手紙を両親に送り続けたことにある。これを同紙が入手し、その行間に潜む真実の叫びに耳傾け、西山さんの両親や関係者への取材を敢行。そして、まだ獄中に繋がれていた西山さんに精神鑑定を実施した弁護団との綿密な取組みがあった。

その経過は、来春以降見込まれる再審法廷で明らかになるだろうが、裁判に支障のない範囲で述べておきたいことがある。
西山さんには発達上のハンディキャップがある。ただし、それはパッと見た限りではわかりづらいものだ。ヒトという動物は外界から入る情報のうち、ほとんど(一説では9割以上)を視覚から得ている。なので、社会的支援対象として外見からハンディの分かる身障者が先行したのは致し方ないところだ。
一方で、人は得体の知れない物事を前にすると本能的に忌み嫌う傾向がある。「普通に見えるのに、障害?」という疑問はいつしか「障害にかこつけて」という差別に繋がっていく。
「見えない障害」ーーかつて脳死問題がクローズアップされた時、一番の難問は脳死の人の肌が温かいことだった。戻りようのない脳の機能消失と理屈ではわかっても、人の心は氷ではない。そこで作家の中島みち氏は脳死を「見えない死」と名付けた。ドンピシャの表現だった。

中日新聞によると、西山さんは殺したとは自白していない。シングルマザーである同僚看護師を助けたくて、つい嘘の証言をしたが、そこから先は海千山千の捜査当局の操り人形とされてしまった。
亡くなった70 代男性は入院時に心肺停止状態から蘇生したものの、人工呼吸器を繋いだまま半年以上が過ぎていた。死後の司法解剖では脳死同然と判定されている。
“見えない死”にたまたま立ち会った「見えない障害者」の悲劇ーーそれがこの事件の真相だ。この悲劇を、冒頭の落語のように、「へーい」とシャレて喜劇に仕立て直すことができるのか?多くの人の応援を求めたい。

牡蠣フライを食べて物語を紡ぐ

先日、高校〔同期会でなく〕同窓会で講演をした。愛知県で一番古い学校〔創立141年〕で、新制旭丘高校となってからもずいぶん経つ。数年に一度、講師当番が同期に回ってくるのだが、今回光栄にも指名された。題は『記者のち医者ときどき患者』。
50数人の先輩、同期生を前に「ときどきならぬ、どきどきしています」と切り出し、自分の半生と心療内科で多く出会う病気について話した。詳細は1月発行の同窓会誌『鯱光』に掲載されるので、きょうは講演のテーマ「物語」について書く。

いま、医療界主流の考え方はエビデンス・ベースト・メディシン(EBM)。医学的根拠に基づいた客観的な医療で、個々の医師の経験や力量だけに頼らず、統計的有意性を基にガイドラインに沿って行うもの。誰もが同じ水準の医療を受けられるメリットがある。ただデータ中心主義で人間味が薄れ、「医者が患者でなくパソコン画面ばかり見て治療する」などと揶揄されることもある。〔それは本来のEBMとは異なるが〕
そこで提唱されているのがナラティヴ・ベースト・メディシン(NBM)。ナラティヴとはナレーションと同語源で、「物語ること」。細分化された現代医療のはざまを埋めるべく、患者さんの疾病の経過(ヒストリー)に沿って病の物語(ストーリー)を共有することで、個別(オーダーメイド)で多元的な医療を展開していくものだ。それだけに医療者側に高い知識と倫理観が求められる。
講演では新聞記者から精神科医に鞍替えした来し方を語ることで、心身医療について出席者に伝わるものがあればと考えた。いま改めて振り返り、「物語」で思い出すのが、村上春樹氏の「カキフライ理論」だ。(以下『雑文集』新潮文庫より。敬称略)

哲学者大庭健の著書『私という迷宮』の「解説みたいな」文章で、村上はこう記す。
「小説家とは、多くを観察し、わずかしか判断を下さないことを生業とする人間」
「良き物語を作るために小説家がなすべきことは、、仮説〔註:意識のない猫の例え〕をただ丹念に積み重ねていくこと」
そして、読者からの「原稿用紙4枚で自分自身を説明することはできますか?」の問いかけにこう答えるのだ。
「小説家とは世界中の牡蠣フライについて、どこまでも書き続ける人間」。つまり、牡蠣フライと自分とのあいだの相関関係や距離感について書くことを突き詰めれば、自分自身について書いたことになる(=牡蠣フライ理論)というのだ。やれやれ。
この文章の「小説家」を「科学者」や「医者」に置き換え、「牡蠣フライ」を「患者」に置き換えて何の不都合もないと感じたのは、これを読んだ時だった。そして、今回の講演で記者と医者の関係を考えたとき、なあんだ、記者も医者も同じではないか、と腑に落ちたのだ。
村上はこの後オウム真理教に言及。物語を提供する点ではオウムと小説家は似ているが、人生(=現実)という「継続性の切断」をすることで、オウムは現実を単純閉鎖化するゆえ人を酸欠状態に追い込むと批評する。そして、こういうのだ。
「物語とは魔術である、、継続性とは道義性、、道義性とは精神の公正さのことだ」。
村上がこの文章で一番言いたかったのは、おそらく、物語が開かれているかどうかという点だろう。

牡蠣フライを5個でなく、8個食べたいときにそれを許容する社会の構築。物語は、続く。――きょう、11月23日勤労感謝の日は「カキフライの日」。さあ、いつもの洋食店『三栗』に食べに出かけよう。





新々・10月10日は体育の日

4年半前にクリニックを立ち上げて以来、毎年この日に院長ブログをしたためる。その理由は過去4回分のアーカイブ『10月10日は体育の日』を読んで下さると分かる。平成最後の神無月に、「スポーツ・アマチュアリズム・商業主義」の三題噺を書いてみたい。

クーベルタンがギリシャオリンピアの復興を唱え、1896年アテネで始まった近代オリンピック。しかし、「平和の祭典」の美名のもと開催された五輪は、2度の世界大戦で中断。政治的理由での参加ボイコット国が出たり、商業化との矛盾が深刻化したりと、スポーツの意義が問われ続けてきた。

そもそも、近代オリンピックにアマチュアリズムが導入されたのはなぜか?
おそらく多くの人が誤解しているだろう。オリンピックがアマチュア選手の大会となったのは、第4回ロンドン五輪(1908年) からで、クーベルタンの祖国フランスで開催された第2回パリ大会は万国博覧会の付属競技大会に過ぎず、賞金が出された。
日本が初参加した第5回ストックホルム大会になって、陸上五種・十種競技で圧勝した米国のジム・ソープがマイナーリーグで俸給をもらっていた事実を理由に金メダル剥奪される。
では、アマチュアリズムは称賛されるべきか?

それには、近代スポーツの起源を問わないといけない。
スポーツから音楽まで幅広い評論家玉木正之氏の『スポーツとは何か』(講談社現代新書)をひも解くと、こうある。
「スポーツの基本は、遊びである、、ところが、明治時代に欧米からスポーツを輸入した日本人は、遊びであるはずのスポーツを遊ぶことができなかった」
これには富国強兵と殖産興業をスローガンに掲げて西欧の仲間入りを目指した日本の“お家事情”が背景にある。<遊びをせんとや生まれけむ>(梁塵秘抄;平安時代末期の歌謡集)に代表される遊び好き日本人のもう一つの民族的特質<勤勉>が支配したときスポーツがやってきたというわけだ。

アマチュア〔ラテン語で愛好家の意〕という言葉がスポーツ大会の参加規定に登場したのは1839年。ロンドンはテムズ川で行われたボート競技「ヘンリ・レガッタ」とされる。参加を許可されたのはオックスフォード、ケンブリッジなどの超エリート校学生のみだった。
同書には「アマチュアリズムとは、産業革命によって王侯貴族に代わって権力を掌握したブルジョワジーが、労働者を排除するためにつくりあげた差別思想」とある。
明治維新以来、近代化の道を進んだ日本では、エリート子弟の通う帝国大学がスポーツを含む欧米文化の担い手となった。
オリンピックにおいて、第二次大戦後もアマチュアリズムの建前の続くなか、大会規模の肥大化・商業化とともに東西陣営の政治的対立と並ぶ難題となったのが、社会主義国のステート・アマであり、自由主義陣営の企業アマだったのは皮肉というよりない。

いっぽう、完全民営化された1984年のロサンゼルス大会以前に「商業五輪」の道は開かれていた。スポーツライター小川勝氏の『オリンピックと商業主義』(集英社新書)によれば、すでに1972年のミュンヘン大会で、エンブレムの商業的活用やマスコット販売など五輪関連商品の民間収入がTV放映権と並んで、税金と入場料で賄えない大会運営費の支え役となった。
こうして、もはや堰止められない商業化の波に加え、米国デンバーで行われた冬季五輪開催を問う住民投票での史上初のオリンピック返上事件(戦争を除く)が決め手となり、アマチュアリズムを信奉するブランデージ氏から替わったキラニン会長の1974年、IOC憲章から「アマチュア」の文字が削除された。

ここでしかし、と僕は思うのだ。アマチュアリズムの来歴がどうであれ、スポーツを好きになることにプロもアマもないと。ゴルフでも囲碁将棋でも、いちばん観ていて面白いのはプロアマ混合のオープン戦だし、素人の目線や発想はプロに刺激を与えることもある。
プロフェッショナルは、僕の好きな言葉ではあるが、それはアマチュアを排除することではない。問題は、イズム(=主義)のほうなんだろうと。

21世紀となっても4年に一度開催されるオリンピックは、ほかのスポーツ大会とは異なる次元の問題を抱える半面、スポーツそれ自体の醍醐味を堪能させてくれる掛け替えのない舞台でもある。
その意味で、二度目の開催を2年後に控えた東京都の小池知事が「アスリート・ファースト」と言挙げしたことを評価し、もしそれが本当なら、猛暑の盛りの8月日程は今からでも変更可能!と強く提唱したい。
巨大市場アメリカの視聴者のために百メートル決勝の競技時間を変更したソウル五輪以降のような商業主義を、真のスポーツ愛好者は望んでいないはずだ。

『体感温度を数度下げるアスファルト開発という“小手先”でなく、堂々と開催スケジュールを繰り下げようでないか。開会式は、そう、晴天特異日から決まった1964年東京オリンピックと同じ10月10日にすべきだ』ーー高校時代に聖火リレーを走った僕の中学の体育恩師・故長谷川金明先生。抜けるような秋空の上から、きんめい先生がそう語りかける声が聴こえてきた――






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